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三井寺の常識を問う

大津市の三井寺(園城寺)が、境内の地下を通る琵琶湖疏水をめぐり、このままでは、寺の「土地使用権」が犯されると主張、永年京都市を相手に争ってきた裁判について、京都地裁(裁判長:杉江佳冶)は昨日(1月17日)一方的に、三井寺の“権利の乱用”を理由に敗訴を申し渡した。

そもそも百年も前に行われ、周辺の人民の福祉は勿論、産業的にも貢献を尽くしてきた「一大国家事業」であった琵琶湖疏水が、たまたま、三井寺の寺領の下を流れていることを理由にして、それが「寺(個人事業)の土地使用権の侵害」だとか、「権利の乱用」を理由として訴訟を起こすこと自体が常軌を逸していると見なければならない。

杉江裁判長は“使用権の存在によって三井寺に具体的損害は想定できない”ことを告知、寺側が金銭の支払いを求めていることについても、“私権の誠実な公使とは言えない”として三井寺の申し出を退けた。

新聞報道によると(京都新聞)、三井寺は1952年に国から境内の土地を取得した。

その後、国有財産法に基づいて、使用権は30年ごとに自動更新されていた。

ところが、2012年以降の更新を寺側が拒絶、提訴に踏み切ったと云われる。

従って、三井寺は土地の取得時点で、寺領下に公共性の非常にたかい「琵琶湖疏水」が半永久的に存続し、その間は使用権(京都市)も更新されることを認識の上で、土地取得を行った。

三井寺の代理人は“控訴も視野に検討する”と云うが、公共の福祉が私的な権利に優先すると云う、誰にも明白なことが、円城寺(三井寺)ともあろう日本を代表するべき宗教法人に判らないことが不思議でならない。

三井寺の代理人は「控訴も視野に検討する」と述べているとのことだが、日本を代表するような存在の円城寺に、“公共の福祉が私ごとに優先する”と云う、いわば、平均的常識が欠けていることを知り、驚いている次第。

筆者は、常日ごろから、我が国の宗教法人過保護政策に批判的であるが、仏教界の指導的立場にあるべき三井寺までが、このような、誰の目から見ても非常識と映ることがらの判断が出来なくなっている、いわば「思い上がり」に国家の取るべき姿勢を示して欲しいと切望する。

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