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アメリカ南部の一大小売店「ウール・、マート」

Sam_walton_2 サム・ウオールトン

アメリカ南部のアーカンソー州で最も名の知られている人物は”Wall-Mart”の経営者、サム・ウオールトン(Samuel Moore Walton,1918-1992)であろう。

生まれは、アーカンソ州、リトルロックと云う生粋の南部人、第二次大戦の終わった、1945年(27歳)で、アイオワ州のデモインのJC.ペニー百貨店に入社した。

それから、僅かに40年後(1985年)には、彼は既に800店舗の「ウオール・マート」店舗を展開するまでになっていたのだから全くの驚きである。

ウール・マートは、我が国で例えれば、ユニクロ(uni/quro)のような気取りのないディスカウント・ショップである。(ユニクロが目指したモデル店?)

それも、ウール・マートの出店場所は決して大都会ではなく、人口の少ない田舎町を標的にしていたところに、その特徴がある。

サムの人生は72年間の比較的若死にであったが、彼の死亡した翌年の1993年の売り上げは、2位のシアーズ・ローバックを大きく引き離して、小売業20社のトップの座を占めた。

常に野球帽をかぶって、ピック・アップのトラック車を走らせるサムの気取らないイメージがアメリカ人の好感をつかんだと言える。

US News and World report誌はサムをアメリカの長者番付の第一人者に選んだ。{1986年}

若いころに、J.C.ペニーと云う大百貨店に勤務、小売業の基礎を勉強して、生まれ故郷に戻って、ニューポートで     兄弟と共に雑貨家(General Store)を開いた。

戦後のいわゆる“アメリカ黄金時代”に、蓄えが出来ると、徐々に小型の小売店を買い増していった。

ウオールトン兄弟店舗(Wall Mart Stores)は、1986年、全米22州に店舗数900を持ち、85年の売上高は65億ドルに達していた。(現在では1000を超える)

南部の小都市を中心に大きくなったウオール・マートの秘策は何だったのか?

誰が考えても、人口の多い大都会に進出して効率的に店舗展開を目指すのが常識だと思われがちだが、何故か、サム・ウールトンはその逆手に徹して、大資本が達成できなかった売上高を積み上げたことは正に、20世紀の謎と云ってもよいのではと思われる。

ウール・マ-トの存在は、地方都市の消費者にすれば大変有り難い存在であったにちがいなかったと思われるが、他の一方では、零細な小売業主にしてみれば決して歓迎できる存在でなかったことも確かであろう。

サム・ウオールトンは、終生、ウオール・マートのロゴ入りの野球帽をかぶって、古びたピックアップ・トラックでアーカンソ州、ベントンヴィルの本社へ通っていた姿こそが、どの広告にも勝る、「動くビル・ボード」だったと筆者は考える。

アメリカ南部には、このような特徴に富んだ“ビッグ・ビジネス”のあるこtに驚かされる。

ジョージャー州、アトランタでの“コカ・コーラー”もアメリカを代表する一大ビジネスと言える存在である。

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