« エドワード・ムンクの「叫び」競売に | トップページ | 日本に新旧交代の時期迫る »

2月23日、「富士山の日」に寄せて、

Photo_2

2月23日が何故「富士山」の日なのかはわからない。

唯の語呂合わせに過ぎないかも知れないが、今朝の毎日の“余禄”欄に、幕末に来日した英国公使、オルコック(Sir Rutherford Alcock,1809-97)による当時の江戸から眺めた富士の姿の描写を「夕方には・・・雲の上にその頭を高く持ち上げており、夕日が背後に沈むので、その深紅色の大きなかたちが金色のつい立ての上にすっかり浮き出しになって見える」、「早朝には旭が頂上に反射して、その円錐形が輝いて見える」姿をも合わせ、、上垣外憲一さんが「富士山―聖と美の山」(中公新書)で紹介している。

オルコック氏は世界に日本の富士を最初に海外に紹介した功労者である。

オルコック氏は当時流行した「富士講」の巡礼姿の人々のことをもその当時の日本の風物詩として著作に書きしるしている。

江戸時代の富士講は享保年間に幕府の暴政に抗議して始まったとも云われている。確かに、享保年間の頃、一部の農民たちが過酷な幕府の政治姿勢を批判して焼身自殺した行者も現れたとのことである。

富士の姿は数多ある世界中の山々の中で、その優美さに於いて比類するものが無いように思える。従って昔から「不二山」とも「富士山」とも呼ばれる所以がそこにある。

この優れた山が世界文化遺産となることを祈りたい。

写真:「朝焼けに輝く富士」撮影;2012年3月10日、河口湖より筆者写す。

|

« エドワード・ムンクの「叫び」競売に | トップページ | 日本に新旧交代の時期迫る »