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戦争と知恵の関係

Photo ナイチンゲール

19世紀の中期には世界中で世界を揺るがすような大事件が各地で勃発した。

そのため、大国間でのイザコザで被害をこうむり、再起不能となった国も少なくない。

我が国にとっての大事件と云えば、1953年、アメリカからペリー提督の率いる東インド艦隊の浦賀沖来航から明治維新にいたる15年間が自国にもたらした大事件であった。

隣国の清国やインド、東南アジア周辺の国々では欧米列強による植民地化が進行中であった。

我が国にとって幸いだったことは、ペリーの帰国、まもなく始まっ数々のアメリカ国内での人種問題に絡む事件(例:カンサス・ネブラスカ問題)のいざこざから、国内を中断する「南北戦争」(1861-1865)の勃発に至り、完全にアメリカ外交が停止状態となったことで、幸いにも事なきを得た感がしないでもない。

それと殆ど時を同じくして起こったロシアとトルコの間の「クリミア戦争」(Crimean War,1854-56)に、殆どのヨーロッパ諸国が巻き添えにあったことも、その頃一時的にせよアジアは比較的安泰が保たれたと思われる。

クリミア戦争で最も有名を馳せたのはイギリスの看護婦のナイチンゲールであるが、ここでは文豪トルストイも従軍していることはあまり知られていない。

1953年、ロシアがロシア清教徒の保護を名目に、トルコ領内に進駐したことから始まった争いで、結果的にフランス、イギリスを巻き込む大戦争に進展したのであった。

両軍の将兵は厳しい寒さの中で身を隠す場所もなく、補給態勢の不備から冬用衣料も食糧にもことを欠き、それにコレラまでもが蔓延してまるで生き地獄の様相となったことで知られている。

結局、1855年9月にセヴァストポリ(Sevastpoli)が陥落したことで、56年3月のパリ平和条約会議で集結をみたのであった。

この戦争は最初の近代戦争となり、無線をはじめ、ライフル銃、蒸気鑑の採用もさることながら、ダイナマイト発明者のノーベルがロシア軍に機雷の売却に成功、大儲けをしたとか、考古学で有名なハインリッヒ・シュリーマンがロシアに大量の武器弾薬を売却、大金を取得、その後、これから得た資金で「トロイの遺跡」の発掘が出来たとも伝えられている。

また、戦線で負傷兵のためにイギリス軍の司令官であったカーディガン伯爵が前開きのセーターを考案、それが後のカーディガンsweaterとなった。

又、将兵の寒さ凌ぎの為に発案したと云われる、首の付け根まであるラグラン伯爵考案のラグラン袖もこの時から始まったと云われている。

誠に皮肉なことだが、人間は戦争をするたびに平和時よりも知恵を絞っより知的で斬新な発明を行ったり、「科学発展」に貢献しているように思える。

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