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アメリカ青年拉致事件

David_sneddon デヴィッド・スネドン氏

小泉純一郎首相は2002年9月に北朝鮮を公式訪問、金正日代表と直接会談、それまでの北朝鮮による一連の日本人拉致を公式に認めさせた。

その2年後、数名の拉致被害者が釈放され(2004年5月22日)日本への帰還をはたした。

その直後、アメリカ人、チャールス・ジェンキンス氏も、妻の曽我ひとみさんと北京経由で帰国した。

何故、ジェンキンス氏と曽我ひとみさんが他の日本人たちとは別に北京経由で帰国したのかは詳細にはわかっていない。

ジェンキンス氏は1965年脱走して北朝鮮に入り北側の捕虜となったが、アメリカの報道では、その頃他に3名のアメリカ兵が北側に拘束されていたとされている。

今回問題となっている事件は、2004年8月14日、アメリカの青年、デヴィッド・スネドン(24歳)(David Sneddon)が、中国留学の終わりに雲南省を観光と、チベット民族の研究の為に訪れた名勝の地、虎跳渓付近で消息を絶ったことに関する疑惑である。

デヴィッド氏失踪を聞いたスネドン家の父親ロンと長男のマイケルは、事件が報道された一カ月後に現地、雲南省に飛び、捜索を始めている。

スネドン家はモルモン教の信徒で、デヴィッドは北京に語学留学する以前にはモルモン教の宣教師として韓国で2年間住み、流暢な韓国語も話せたと云われる。

デヴィッドはトレッキングを楽しみながら虎跳渓を通過したが、当時、捜索にあたった米国務省も中国当局も彼が「峪」に転落した事故とほぼ断定していたと云われる。

しかしスネドン一家は最初の現地での調査でデヴィッドが虎跳渓を通過後にシャングリラ県に入り、食事と散髪をしたのを目撃したと云う9名からの証言を得ていることが判明した。

又、デヴィッドが旅行に出発する前に、北京で米国からの留学生:ジャスティン・リッチモンドと数日過ごしたことも判明した。リッチモンド氏は北朝鮮に近い中国の延辺大学に留学して「脱北者」の研究をしていて、中国当局から出国要請を受けていたと云われている。(この二人は以前に韓国で布教に従事した仲間)

プロヴィデンス市(ユタ州)でデヴィッドの家族は、中国当局は、この事件には無関係であるとの証言を得ており、それならば、他に考えられるのは「北朝鮮」以外に無いと半ば結論付けている。

デヴィッドの母親のキャサリン氏は、夫の推論に同意しながら、デヴィッドが当地の朝鮮料理店からいなくなっている事実から考えて、デヴィッドは北朝鮮にとって完璧な候補者に映ったと思う、何故なら“デヴィッドは完全な朝鮮語、標準的中国語と英語に堪能”であったことをその根拠としている。

VOA(ボイス・オブ・アメリカ)との電話会談で、母親のキャサリン氏は“彼等(北朝鮮)がどのような目的でデヴィッドを必要としているかは知らないが、それ以上に我々家族はデヴィッドを必要と思っている、Let him go”と答えた。

アメリカ政府も中国当局もこの事件について確とした証拠はあがっていないと述べているが、北鮮拉致家族は既に今週、アメリカ国会議員にワシントンに招かれて「スネドン事件」について協議を行い、スネドン一家も先月、東京で、北朝鮮拉致関係者とも面会している。

北朝鮮拉致にアメリカの青年も永く関係していたことが明白な事実となれば、この問題のは意外に早く解決するのではと期待したい。

本日(5/19)付、産経記事は、スネドン一家は地元ユタ州選出のマイク・リード上院議員やジェイソン・シェイフィッツ下院議員にデヴィッド氏の行方捜査要請を直接始め、次期共和党大統領」候補(モルモン教徒)みっと・ロムニー氏にも直訴も考慮中とか伝えられ、これが一気にアメリカ外交問題になる可能性も考えられる。

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