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沖縄防衛は日本の責任

京都新聞7月25日社説に米軍「オスプレイ搬入」に際して“安保のありを方考えたい”と云う見出しで、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが、一時駐機のため岩国基地に搬入されたことについて、“国と地方の信頼関係を損ねる極めて残念なやり方だ。“との言い分を述べている。筆者から考えてこの「社説」は日本国に対しての発言なのか、又はアメリカに対しての抗議なのかハッキリとしない。

日米安保成立から既に40年以上も経過しているのに今更「安保のありかたを考えたい」とは、誰が何をどのように考えるのだろうか?

日本では未だに有事の時にどのように国を守るのかもハッキリと決まっていない。即ち政治家たちの議論の焦点「集団的自衛権」が是か非かも議論の分かれるところとなっている事実を聞いてアメリカはどのように感じているだろうか?

この社説は「日本国内でありながら、政府の力が及ばない基地があり、米軍機が訓練を繰り返している。日米安保のいびつさをオスプレイはあらためて見せつけた。これを機に、安全保障のありかたについて国民全体で考えたい」と書き、一方で「(オスプレイの)国内配備の日程を動かす考えはない」と森本防衛省の言を引用している。

森本防衛省は政府を代表して、アメリカ海兵隊が決めたオスプレイ配備は今更覆せないと断言しているのに、マスコミが社説で安保のありかたを国民全体で考えたいと叫んでも民意の混乱を招くだけでプラスに働かないのではと筆者は考える。

英語に”read between the lines”と云う表現があるが、日本政府は日米安保条約のすべての条項をたんねんに読み返す必要があるのではと考えざるを得ない。

沖縄に限らず日本全土に点在する米軍基地は果たして日本ガアメリカに公的に貸与しているのか、それともアメリカの治外法権の及ぶ領土なのか、是非とも国民に本当のところを開陳して欲しいと思っている。

アメリカはオスプレイをヘリの一種と考えていることは明らかで、決して特殊な機種とは思っていないのではと考える。

この社説でも、オスプレイ配備は、既に「重要な装備の変更」でなく、この機種に関して日米両政府の意見は一致していると述べている。

これに関して野田首相は既に“日本が(相手に)どうしろ、こうしろと云う話ではない”とまで国会で答弁している。

アメリカの行動が日米安保条約で認められた範囲内のものであれば、アメリカ側からすれば日本こそが民意を合意に導くべきだと思っているのではと考慮する。

民主党は2年半前の選挙公約で、沖縄の米軍基地は廃止して、国外か、少なくとも県外に配置換えさせると公約したことで問題はさらに大きくなったのだから、このシガラミを払しょくして民意の統一を計る責任は、アメリカになく日本政府にあることは明らかである。

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