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「故買」禁止制度の是非

オークション制度(auction,公開入札)未開国、日本では、自分の所有する財産も自由に売却できないことになっている。

此の事を誰も不思議に思っていないところに日本のエニグマ(eniguma)がる。

日本人は「お上」の統制に慣れ切ってしまっていて、現実に“反乱”を起こそうとしない大人しい国民である。

日本では「故買」と云う行為を取り締まるべく、警察が「古物」を自由に売買出来ないように取り締まっている。

公開の市場で「古物」を売買することは“古物営業法”で規制されていて、許可証を所持した者以外は出来ないことになっている。

これは、どちらを保護する目的でできた法律なのかハッキリとしないが、その目的が犯罪防止であることには違いない。

我が国は全てに“過保護”で“親切”過ぎる面が目に付く。電車に乗っても、バスに乗っても、“何々に注意”とか“次は何駅で、乗り換えは何番線とか”、云わなくて済む事までマイクでやかましく叫ぶ。

オレオレ詐欺から無知な国民を助けるために、銀行預金から大金を引き出せないようにして保護、正常な人に迷惑をかけていることなんともおもっていない。

何故、自己の責任は自己が持つように教育しないのか! 

それは、初等教育の段階から見られ、「落ちこぼれ」を守るような、過保護な教育から、はいつまでたっても自立して独立を守れる個人は育たないことを認識すべきだが。

「故買」から、イノセントで、弱い国民を守るために公の場所で素人は古物の売買を禁じる制度も同じ発想である。

盗難品を売買しないように、又、盗んだ品物を簡単に処分できないように、これらの品物を、買ったり、売ったり出来ないように規制している、これは古書の世界でも、質屋の世界でもおなじである。

行政が国民を管理しやすいように法律を作って、“上”から庶民を監視していることに何らの不思議を感じないのが日本の庶民である。

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