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百貨店の将来を憂う

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デパートメント・ストアー(Department Store)、日本名“デパート”について筆者は恥ずかしながら今の今まで、これの正しい発祥を知らなかった。

フランスについて知識の豊富な鹿野茂氏著「デパートを発明した夫婦」によると、その起源は、アリステッド・プシコーがマガザン・デュ・ヌヴォーの商業システムを改良して、厳しい品質管理と、返品自由の制度の導入によって、それ以前によくあった「騙し売り」の商人根性と決別、「誠実」を売り物にして近代的商業のシンボル、“デパート”を誕生させたとある。

フランスでの近代的なデパートの源は、マガザン・ド・ヌヴォテ(流行品店)で、それは、問屋を介さない直接取引による「商品の低価格化」、「定価販売」、「入店の自由」がその主な謳い文句だったと鹿野氏が述べているが、これは我々が知っている日本式の百貨店像と少しかけ離れているように思える。

「定価販売」の徹底を踏襲した点はその通りだが、「問屋を介さない」、「商品の低価販売」らについては、日本では忘れられていたのではと思わざるを得ない。

百貨店で値切る客は日本ではマレで、何故なのかとあまり思ったことが今までなかったのは何故だろう?

コンビニでは、それが24時間の営業で、客に便利さを売り物にしているのだから仕方ないと思うのだが、百貨店は商店を大きくしただけの企業でしかない。

問屋を介さない商法をとっている百貨店は日本には存在しないし、むしろ日本では、どの百貨店も問屋に“おんぶにだっこ”で今まで生き残ってきた。

先日、或る有名百貨店に行き、Yシャツの売り場を尋ねると、店員が「どのお店に行かれますか?」と聞いた。そこで筆者は●●百貨店のものを探していると云えば「それは置いていません」と言う返事。

今や、そこは複数の店舗に場所を提供して「場所貸し」百貨店でしかないことが判った次第。

日本のどの百貨店にも特殊な顧客用として「外商部」と云う部署がある。筆者の兄がながく百貨店勤務をしている関係から知ったのだが,高級外車のような高価なものを買うなら、外商を通して買えば、“ある時払いの催促なし”で、暫くほって置いても利息もつかなければ、或る期間、催促も来ないと教えてくれたことを覚えている。

滅多に売れないような高価な品物を売れば、それは外商店員の手柄で、売掛金勘定扱いになって、その内容はともかく、会社の財務部は、売掛金勘定が多いほうが良いと云う成績重視、内容無視と云う殿様商法的風土に浸っているきらいがある。

話はかなり本題から逸れてしまったが、筆者は日本の百貨店業界は今や重大な曲がり角に差しかかっているのではと警鐘を鳴らしたい気持である。

今の有名百貨店のどの一つをとっても、特殊性は見当たらず、ただむやみに増床競争をエスカレートさせ、自ら泥沼に首を突っ込んでいる感がある。

つまらない見えを捨てて、大型小売店の特色が何かを見つけ、常道を進んで欲しいと願うばかりである。

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