« これ以上「黙っていられない!」 | トップページ | 山村でマグロの養殖 »

司馬遼太郎の「北方四島」観

Photo

最近読んだ書物の中に、故司馬遼太郎の「ロシアについて」(文春文庫)がある、司馬氏は“北方の原形”と云う副題をつけてロシアの成り立ち、国民性等をエッセイ風に分析して、最後の章で「北方四島」について自らの考え方を披歴している。

司馬氏も筆者と同じく、ソ連邦が千島(クリル諸島)を占領した理由は、ヤルタ会談でアメリカ大統領、フランクリン・ルーズヴェルトの要請にもとずくものと述べている。

司馬氏は米ソで話し合われた「ヤルタ協定」では、外蒙古(蒙古人民共和国)の現状が維持されること。(現状とは、ソ連傘下であり続けること)が第一項にあり、第三項目に“千島列島が、ソ連に引き渡されること。”と謳われていると述べている。

“これによって、”いわゆる日本の「北方四島」は失われた。”と司馬氏は書いている。

司馬氏は、続けて「勝者」と「敗者」を定義ずけて、“・・・事実、ソ連は千島のすべての島をとりあげ、日本側がそこはいわゆる千島でなく固有領土だとする四つの島まで取り上げた。”しかし、これは“三人の勝利者の分け前談義なので、情け容赦があろうはずがない。”

従って、ヤルタでは千島問題とは別に、千島列島より遥かに広大な外蒙古を、そのままソ連の支配下に置くことも話し合われて、決着をみたことも日本の政治家は知るべきである。

しかも、そこにはやがて勝者となる筈の中華民国の代表、蒋介石も招かれないまま「三者」で決められたことに後の中国が反対を唱えていないことも我々は知るべきである。

司馬氏は、もしソ連(現ロシア)が日本の四島返還要求に何らかの考慮を示したならば、モンゴル高原(千島列島と比較にならない程広大)の問題について“外蒙古を中国に返せ”と云う要求が中国から出ることは確実と述べている。

司馬遼太郎の論理は間違っているとは思わない。

戦後の最終処理問題を話し合う場には、当然日本はいないが、彼等は(米英ソ)何故そこに蒋介石を呼ばなかったかが、司馬氏の論説から読めることを筆者は初めて知らされた。

蒋介石はその後の「ポツダム宣言」の場にも呼ばれなかった、これは紛れもなくスターリンが関係していたと思わざるを得ない。

即ち、「外蒙古問題」である。

最後に、日本は戦後65年間、「北方四島」に無駄な時間と国民の税金を費やしたことがハッキリと判った。

日本の政治家たちは、今後は、もっと目を見開いて、世界の情勢分析を行い、狭い自国の利益だけを追い求めることは、いい加減に止めにして欲しいと願う次第である。

|

« これ以上「黙っていられない!」 | トップページ | 山村でマグロの養殖 »

コメント

へー、そんなことが。
もつべきは 友。
教わること多し。

投稿: 西村 治兵衞 | 2012年8月31日 (金) 09時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/304622/46874593

この記事へのトラックバック一覧です: 司馬遼太郎の「北方四島」観:

« これ以上「黙っていられない!」 | トップページ | 山村でマグロの養殖 »