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使い捨て産業の先駆者、ジレット

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安全かみそり刃の発売で一世を風靡した、キング・カンプ・ジレット(King Camp Gillette,1855-1932)の先祖は最も初期のイギリスからの移民家族であった。

かなり裕福であったと思われるジレット家に災難が降りかかった。

それは、1871年に起こったシカゴの大火である。そこでジレット一家は一旦全財産を失った。

未だ16歳の少年ジレットはコルクつきボトルを製造販売する会社のセールスマンとして働いていた。

ある時、瓶が空になるとコルクが捨てられる様子を見ていて、「使い捨て」商法が利益を生むことに着目、使い捨ての「かみそり刃」の生産を思いついたのでは想像される。

当時では、かみそりは、刃が切れなくなる度に研がなければならなかったが、彼は使い捨ての、薄い型抜きしたスティール製の刃をハンドルで挟んで使えるかみそりを考え出した。

ジレット以前に類似のかみそりは存在していたが、ジレットはそれの改良に取りかかり(1870年頃)長い時間をかけて実用化に成功した。

1901年9月、American Safety Razor Company として発足、それは、翌1902年に”Gillette Safety Razor Company”と改名された。

1903年に生産を開始、最初からジレット自身の肖像をトレードマークに使って売り出したところ、初年度では168枚の売り上げだったが、翌年には、123,648枚の売り上げ実績をあげた。

その後、行程のオートメーション化と、技術の向上、大々的な広告の結果、年々実績を積み上げて、1915年に至って、自社の工場を欧州4カ国、カナダに拡張45万のユニットと7000万枚の売り上げを達成した。

1918年アメリカが第一次世界大戦に参戦した際、ジレット製のかみそり刃は政府の費用で戦場の兵士たちに送り届けられた。

ジレットは1894年に著作「人間の漂流」(The Human Drift)を出版、その中で独特の理想、即ち、すべての企業は民衆(パブリック)所有のものとなり人々は大都市に住まい、ナイアガラ瀑布の創出するパワーで生活する理想を発表した。

1910年に出版された“世界企業”(World Corporation)は、当時、産業改革分野の著作を多く発表して時代の寵児と云われたアプトン・シンクレアー(Upton Sinclair,1878-1968) との共著として出版された。

ジレット氏は100万ドルを寄付することでルーズヴェルト大統領が“ウオールド・コーポレーション”の主宰となることを希望したが、ルーズヴェルト氏は(丁重)にその要請を辞退したと云われている。

裕福となり、世界的名声を得たジレットは1923年、ロス・アンゼルス郊外のパームスプリングスに超大豪邸を建て、移り住んだ。又、現在でも有名な豪華ホテル“Desert Inn”に常時入り浸りのような形で愛用していたと云われている。

1926年、ジレットは大金を投じてサンタ・モニカにスパニッシュ・コロニアル式のホールとともに一大牧場の経営に乗り出した。(この場所は彼の死後未亡人によって売りに出され、映画俳優のボブ・ホープが取得したと云われている。現在ではKing Gillette Ranchの名称で公開されている)

ところが、1929年に発生した世界大恐慌はジレットの人生に大打撃を与えた。彼は殆どの自社株と不動産の大半を売却したが、破産状態に落ち行ったと伝えられている。

193279日ジレットはロス・アンジェルスで他界した。享年68歳。

ジレット社は2005年、57000万ドル($57 billion)でプロクター&ギャンブル社(Procter & Gamble)に吸収合併され現在に至っている。

The man and his wonderful Shaving Deviceby Russell B, Adams, Jr. Boston, 1978,Little Brown & Co,,

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