« 過剰処方と医療扶助の病巣 | トップページ | 国産洋上プラント技術は世界的 »

映画「荒野の決闘」についての謎

1946_my_darling_clementine

古い映画ファンなら必ずと言っていいほどジョン・フォード監督の戦後初の西部劇映画「荒野の決闘」を記憶されていることと思う。

筆者もその一人だが、この映画の名称が “マイ・ダーリング・クレメンタイン”であったことを最近知ったのであるが、映画の中では酒飲みの外科医ドック・ホーリデー(ヴィクター・マチュアー)を東部のボストンからはるばる訪ねて来る美しい恋人の名前がクレメンタインとなっている。

監督のジョン・フォードが若い頃に西部での歴史上の人物の保安官ワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)に直接逢ったと言われているが、アメリカの勧進帳とも考えられるアリゾナのツームストーンでの果し合いを戦後最初の作品に選んだ。

最後のシーンでワイアット・アープがクレメンタインと別れる場面で流れるメロディーがこの映画の筋書きとは全く関係のない、“オー・マイ・ダーリング・クレメンタイン(Oh My Darling, Clementine)であったが、この歌は作曲者ははっきりしないが、アメリカ西部のフォークソングとして1884年にパーシー・モントローズが作曲したとされている。

この曲の内容:美しいバラードだが実際はゴールドラッッシュ(1849)時の金鉱探しの娘、クレメンタインに起こった悲劇じみた筋であることが判る。

クレメンタインの足のサイズ(9)が大きすぎて女物では間に合わず靴の替わりに「鰊の箱」を履いて歩いて、つまずきコケタことで死んだことになっている。

Light she was and like a fairy, and her shoes were number nine herring boxes, without topses, sandals were for Clementine.

Drove she duckings to the water every morning just at nine. But,alas,I was no swimmer , so lost my Clementine

大略は彼女は肌がきれいで細身だったが、靴のサイズが「9」で出来あいがなく鰊箱を履いて歩いたので泳ぎができなかった彼女は塩水の泡に溺れ死ぬこととなった。Thou art lost and gone forever, dreadful sorry , Clementine.-

そこで私は君を永久に失うこととなり大変悲しい!

しかしこの唄は永く謳われてアメリカ西部のフォークソングの代表作と思っていたが、この様に全くふざけた内容を知って或る失望感を覚える。

例えば、その永い歌詞の一節に”How I missed her! How I missed  her, How I missed my Clementine, Till I kissed her little sister, and forgot my Clementine”つまり3度も彼女を失って悲しいと叫んでいた男が彼女の妹にキスをしたことでクレメンタインを忘れることができたと云うふざけた節になっている。

ジョン・フォードが何故に「オーケー・コラールの決闘」の主題映画名を「クレメンタイン」にしたのかも理解しがたいと思っている。

この由来の仔細を御存じの お方のご教示を仰ぎたいと存じています。

|

« 過剰処方と医療扶助の病巣 | トップページ | 国産洋上プラント技術は世界的 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/304622/47965218

この記事へのトラックバック一覧です: 映画「荒野の決闘」についての謎:

« 過剰処方と医療扶助の病巣 | トップページ | 国産洋上プラント技術は世界的 »