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原子力利用の制御の考察

Photo ロンゲラップ環礁

アメリカは今から68年前、1945年8月、自国が戦争に勝利するため迂闊にも、新兵器と称する「原子爆弾」を広島に投下して多くの人命を奪った。

当時のアメリカ大統領は原子力に関する科学知識もなく、ただ戦争を早く終わらせようとして人類に対する大罪を犯した。

本日(1月19日)京都新聞「土曜評論」にNPO法人ピースデポ代表の湯浅一郎氏の「海の放射能汚染」に注目した。

東京電力福島第一原発事故から略2年になるが、湯浅氏によると“事故直後、大気へ放出された放射性物質の半分は海に降下した。そして原発事故史上はじめて放射能汚染が海へ直接漏出した。その後、原発からの放出は大きく減ったが、陸への降下物(雨、雪等?)河川や地下水を通して海へ運ばれ、海底に堆積した放射性物質が溶出して2次汚染源となっている。”

そこで問題となるのは、青森から銚子まで、南北500キロにわたり親潮と黒潮の交わる世界三大漁場の一つと呼ばれる地域に取り返しのつかないダメージをもたらし、アイナメ、メバル等海底近くに生息する魚たちに高濃度の汚染を及ぼし沿岸漁業と底引き網業は未だに操業を自粛を続けている状態だと云う。

その他、阿武隈川などの河川、東京湾、赤城大沼等の内湾・湖沼の生態系への影響も深刻だ。今後どのように、これらの放射性物質が黒潮の流れにのって東方へ移動することは、数か月前から福島沿岸からアメリカ西海岸に押し寄せているゴミの様子から明らかである。

そこで湯浅氏は“青森東通から茨城県の東海村まで「死の派」を溜めこんだ原発が南北に立ち並んでいることで、それが第一次産業軽視を象徴している”と日本の現状を批判している。

確かに湯浅氏が指摘するような現状をマスコミも政府も国民に伝えていないことは許せないことである。

一昨年の福島原発事故発生直後、この事故の性質を知り尽くしているアメリカは、何をさておいても、「トモダチ作戦」と称して、直接被災地ではなく、海上から大型空母と病院船を派遣した。

そこで、事情をまともに理解出来ていなかった我が国の民主党政権は、こともあろうにアメリカの専門家の説得に真剣に耳を貸さなかったと云われているが、果して本当だろうか?

広島、長崎の原爆投下以後、アメリカは1946年(翌年)元日本の信託統治領であったビキニ環礁を核実験場に選んだ。

1946年7月1日の戦後最初の核実験では、予定の爆心地を大きく外して失敗に終わったが、同月24日の第二実験では1600メートルの距離にあった日本の戦艦長門が実験の犠牲になった。

1954年3月1日、ビキニ環礁で行われた水爆実験は広島型爆弾約1000個相当の爆発力があったらしく、その結果、海底に約2キロメートル、深さ73メートルのクレーターが出来てしまったと云う。

1948年に実験場が隣のエニウエトク環礁に変更された後も入れて、アメリカは、58年までの12年間に16回、地上又は大気圏で核実験を行っている。その間、大小71隻の艦艇を標的に使用した。

54年3月の水爆実験では、マグロ漁船、第5福竜丸他、1000隻以上の船が死の灰を浴びて被ばく、さらに、そこから240キロも離れたロンゲラップ環礁にも大きな被害を及ぼした。

ビキニでの原爆実験ではアメリカは島民を強制的にロンゲリック環礁、更に、キリ島に移住させているが、こんなことは人道的に許されるとアメリカは考えたのだろうか?

これは、まるでアメリカ本土で、1830年以後に、先住民を強制的に西部(オクラホマ)地方に追いやったり、第二次戦争中、日本人を各地のキャンプに収容させたことと、殆ど変らない非人道的行動と非難されて当然と思われるものである。

アメリカは1951年から92年までにネヴァダ州の実験場で合計723回の爆発実験をした。その間、フランスは、ムルロア環礁(元フランス領)で原爆、水爆の実験を決行している。

中国はと云うと、これも自国領内ではなく新疆ウイグル地区を中心に、1964年から96年にかけて、地上、大気圏を含め約45回の実験を行った。

ロシアは約700回、フランス210回、イギリス45回、その他、インド、パキスタン、イスラエル北朝鮮等が、原爆実験の経験を持っている。

ビキニ環礁での実験から略60年が経過した現在、当地の放射能レヴェル自体は、短期間の滞在では問題が問われないところまで下がったと言われ、リゾートホテルも次第に絶ち始めているとのことである。

我々が東日本の原発事故の自然に与える今後の被害を真剣に憂慮することは当然であるが、戦後、以上述べたように、国連常任理事国中心により世界各地で、2000回以上も実施された核実験が将来、我々の生活にどの様な影響をもたらすのだろうか?

考え込むことしきり!

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