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「ニクソン・ショック」の思い出

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ひさびさに「ニクソン・ショック」なる言葉を新聞で見た。(京都新聞3月7日夕刊)

そこで、それが何時のことだったのかを調べたら、「ニクソン・ショック」には二つの事柄が絡まっていることがわかった。

第一の「ニクソン・ショック」は、1971年(昭和46年)7月15日、アメリカ大統領(ニクソン)がその翌年の2月に大統領として初めて、中国の北京を訪問して、二国間の国交を開きたいことを発表して、“頭越し”外交が始まることを知らされたこと。

第二の「ニクソン・ショック」は、その一カ月後の1971年8月15日、アメリカ財務省が今後、ドル紙幣と金との兌換停止宣言(ブレトンウッヅ態勢の終結宣言)を発表したことである。

日本の経済界では、米ドルの価値下落で我が国の輸出に悪影響が見越されて、多くの大小の貿易商社が倒産した。

3月7日の同新聞紙面には、外務省が一般公開手続きを終えた日米外交文書72冊を公表して、その内の16冊は、その年の、昭和天皇、皇后両陛下のヨーロッパご旅行の途中に立ち寄られるアラスカ州アンカレッジ空港でのニクソン大統領との会見(9月26日)関係文書が含まれていることが判った。

当時の首相であった福田赳夫はニクソンの“頭越し”外交姿勢で不満であった上、天皇を一般外交の相手に使うと云うアメリカの外交姿勢にも腹をたてていたことの記載があり興味深く思った。

残余の56冊は、戦後の極東国際軍事裁判の記述や、開戦までの外交文書に関するもので、今後は、我が国の歴史家にとって興味深い事件の数々で満ち溢れているのではと思うと胸が騒ぐ思いがする。

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