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世界初、カイワレ大根から不凍タンパク質

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関西大学の研究グループがカイワレ大根の成分表から”不凍たんぱく質”の抽出に成功、それによって冷凍食品が今後大幅に増えることを発表したと429日付け産経新聞で見た。

この記事によると、「不凍たんぱく質」を食品に添加するだけで、冷凍時の品質の劣化を防げることに注目、既に,20社以上の食品メーカーが、冷凍麺だけでなく、卵焼きや、かまぼこ、和菓子のような、これまで考えにくかった冷凍食品の商品化にのりだしていることを知った。

この記事によると、「不凍タンパク質」は、関西大学の共同研究者で総合化学メーカーのカネカが昨年3月に商品化したと言う。

これを採用して味の劣化の有無を試し、確実性に自信を持つに至った多くのメーカーが自社の製品に採用することに踏み切っているとのこと。

上記の例以外に、プリンなどの洋菓子やおせち料理にも可能性があると言われ、この最新添加物には将来大きな期待が持てることが判った。

「不凍タンパク質」の利用で品質劣化の防止と、食品の持つ風味も保たれることが保証されるとなれば、食品会社にとっては見逃せないこと云うを待たない。

関西大学化学生命高工学部の河原秀久准教授らの研究グループは、カイワレ大根から得られる「不凍タンパク質」の抽出をカネカと共同で、遺伝子組換え技術を利用せずに世界で初めて商品化したことは正に快挙と言わざるを得ない。

カイワレ大根の栽培ならば、さぞかし衛生面でも、コスト面でも安心な素材であり大きな農場も必要ない点わが国にはうってつけである。

1969年に南極海に生息する魚の血液にこの成分があることが発見され、以来多くの寒冷地に棲息する生物種(魚、軟体動物、植物、昆虫、カビ、キノコなどなど)から同種の成分が突き止められたとのこと。

「不凍タンパク質」の名称自体、魚血液や体液無中の凍結温度が、南極海の海水の凍結温度より低下する現象からできたものらしい。

このような成分が日本で最も収穫量の多い大根に存在することが如何にしてわかったかは、科学に疎い筆者の知るところではない。

しかし、今度の発見が収穫後に殆どが捨てられている「大根の葉」にこの貴重な成分を見出したところがスバラシイの一語に尽きる。

わが国の冷凍技術の優秀さはすでに世界の知るところとなっているが、このような手軽に得られる媒体成分の利用で更に世界一を目指した日本での冷凍技術の発展を期待したい。

詳細については「KU EXPRESS」関西大学プレスリリース、2012年3月12日/No.33.参照

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Photo 小笠原諸島

現在東京都の一部となっている小笠原諸島、1945年の敗戦でアメリカ政府の統治下になったが1968年6月26日、返還され日本の領有地となった。

小笠原諸島は東京の南東約1000キロにあり、父島、母島、硫黄島など30程の島からなりたっている。

これは1593年(文禄2年)に信州、松本城主、小笠原貞頼が発見したことでこれらの島を「小笠原」と呼ぶようになったと云う説がある。

その後1675年(延宝3)に幕府の巡視船が再び小笠原を探検し、「無人島」(ぶにんじま)と命名してその日本領有を宣言したと云われている。それが証拠にここは現在でも”Bonin Island”と世界的に呼ばれている。

それにも関わらず、1702年にスペイン船が渡来して、西ノ島をロザリオ島と命名している。その後19世紀になり、太平洋捕鯨が盛んになり、1824年(文政7)アメリカ人、James Coffin(ジェームス・コフィン)が母島に寄港、その後Coffin Islandsと命名している。

1830年(天保元)になり、マザロ(Matteo Mazzaro)とナサニエル(Nathaniel Savory)ら4名の欧米人が25人のハワイ人を連れて父島に上陸、そこを開拓

して定住を始めた。そのことでイギリスはハワイの同国領事館を通じてここをイギリス領と宣言した。

その後、1853年(嘉永6)日本に派遣されたアメリカ東インド海軍提督のマシュー・ペリー(Mathew Perry)が捕鯨船の補給基地として確保することを政府に具申している。又、イギリスもこれらの島の領有に興味を示し、その後、英米間で熾烈な紛争が続いて史実がある。

その間、幕府も移民の送致などして島の獲得に努力した形跡があるが、結局明治政府が1876年(明治9)になり小笠原諸島の領有を正式に宣言した時点で関係各国がこれに同意、その後、1945年の敗戦時まで日本の領土であり続けた。

小笠原諸島は何故、世界の同意を得て日本が領有することが出来たのかは、即ち、日露戦争の結果日本がロシアに勝利し日本の存在を強く世界に示したからに他ならない。

日清戦争(1894-5)では、日本は清国に勝利、下関条約において正当な手段で清国から遼東半島の割譲を約束されながらその後、独、仏、露の所謂三国干渉でそれを清国に返還することを決めざるを得なかった苦い経験がある。

「北方四島」「尖閣諸島」「竹島」の領有権問題で日本政府は苦慮していることは周知の事実。これら問題について我が国はいくら歴史的事実を積み上げて説得しようと試みてもどの相手も聞く耳を持とうとしない。

これは日本の国力の問題ではなく、戦後半世紀以上、間違った思想に支配されて、国の守りを怠りつづけた結果としか思われない。

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スピルバーグの映画「リンカーン」に就いて

スティーブン・スピルバーグ監督になる「リンカーン」の映画を鑑賞に行った。

その筋書き(内容)は、リンカーンの人物描写か、南北戦争のアクションか、又は、リンカーン暗殺事件の事かと思いながら見たが、それらのいずれでも無く、殆どが憲法修正第13条の議会での討論、即ち、「奴隷解放条項」の討論がメインで、南北戦争を描きながら、リンカーン夫妻が愛する息子たちを戦争で失う場面の精神的葛藤を描写して、暗殺シーンやリンカーン死後の犯人逮捕の場面もなく、アメリカ議会や、選挙制度に詳しいる人でなければ、この映画はつまらないものに映ったに違いない。

筆者がその中で最も興味深く感じたシーンはリンカーン夫妻が馬車の上で取り交わす会話で、妻のトッドが、「戦争が終わったあとで旅行するとしたら何処に行きたいか」と尋ねる場面で、リンカーン「聖地」だと答えたところであった。

「聖地」とはキリスト教、ユダヤ教とモスレム共通の場所であるので、リンカーンがどの宗教を信じていたのかに興味が湧いた。

考えて見ると、リンカーンの名前が「エブラハム」と云うことなので、もしかすれば彼がユダヤ人ではなかったかと思って帰宅後、早速「ASK.COM」で検索を試みたところ、英語版のサーチ・エンジンには、否定的に書かれていて、父親が敬虔なバプティスト派に属していたが、リンカーン自身、一度も、「自分がキリスト教」であると語ったことがなかったが、1864年に、イリノイ州出身の牧師がホワイトハウスで、リンカーンに直接If he loved Jesus?(貴方はキリストを信じますか  ?)と訊ねたところ、「自分は元はキリスト信者ではなかったが、今では「キリストを愛しています」と答えたと書かれている。

今度は、グーグルの日本語版を検索すると「リンカーンはケンタッキー州のイングランド系ユダヤ人の貧しい開拓者の家庭に生まれる。「エブラハム」は正真正銘のユダヤ教の聖人の名前と明記されているのに驚いた次第。

この作品の監督のスティーブン・スピルバーグ(1946年生まれ)がウクライナ系のユダヤ人であるが、リンカーンがユダヤ人であったことに触れる事実はこの映画には見られなかったが、最後の場面での夫婦間の会話にリンカーンが「聖地」を訪ねてみたいと語る場面で、微妙に大統領の生まれについて密かに暗示するかのごとく語っているところが印象的であった。

アメリカがキリスト教国家である以上、その国の言わば「中興の祖」と崇められている人物が、実はユダヤ人であったことを少なくとも19世紀のアメリカ人は認めるわけにはいかなかったのではと思った。

アメリカ合衆国の複雑さは我々には解らない。

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来るべき「日露会談」に望むこと

安倍Xオバマ首脳会談が行われた去る、222日の一日前の21日、ロシア国営ガス企業「ガスプロム」はウラジオストックでのLNG基地の建設計画を伊藤忠商事や石油資源開発機構と共同で2018年から年間1000万トン超の天然ガスの生産協定を結ぶと云うプロポーザルをしたと225日付日経産業新聞が報じている。

これは2年前の大震災で将来の原子力発電所の可動が不透明となりつつある日本のエネルギー事情を見越してのロシアの思惑が透けて見える行動と思えるが、そのタイミングが日米首脳会談の開催予定の前日であったことに意味がある。

ロシアのプーチン大統領は昨年12月「21世紀の発展のベクトルは東にある」と言明、これまでのガスの輸出の収入源、欧州諸国の景気低迷で、将来ガス需要が落ち込むと予想、その代替輸出先として日本に目標を定めたのではと思われる。

アメリカ政府はLNGの輸出先を原則として自由貿易協定(FTA)   の締結国に限るとの声明を出している。

しかし、最近の情勢では、アメリカの「シェールガス革命」以後(2008年)、米国は、英BP統計によれば、天然ガス生産量一位の座がロシアからアメリカに移ったことを認めている。

この辺に安倍政権が一挙に「TPP」参加に踏み切る決断をした理由があり、今から略2か月前の222日の日米首脳会談の場で安倍首相の口から米国産天然ガスの対日輸出実現の要請があった。

これで近い将来に予定されているロシアとの首脳会談で日本が有利なポジションで話を進められる材料が出来たのではと考える。

今や日本は世界の二大エネルギー生産国を相手として余剰気味となっている資源を有利な立場で商談に臨める土壌が出来つつある予感がしだした。

アメリカ・テキサス州で液化加工までを手掛け調達することを決めた中部電力首脳は「米国価格連動のガスを輸入し、価格体系の多様化を進めると表明している。

今後は東南アジアや中東から購入するLNGは割高になり、将来は危険の少ないアメリカ産と、距離的に輸入に有利なロシアの天然ガスを視野に入れてエネルギー交渉に臨めるチャンスが到来した。

アメリカ国内のガスは明らかに余剰気味となっていて今では、主要価格「ヘンリーハブ」は100万BTU(英国熱量単位)当り3ドル代半ばだそうで、これは日本の12年中の(1月から10月)の平均輸入価格の約5分の1とのこと。

既に昨年から日本企業は相次ぎ米国エネルギー事業への参画を表明、今のところ三つのの日本企業の合計調達量は年1470万トン(総輸入量の17%)が予想される段階。

アメリカは既にLNG輸出は米国にとって有益との報告書を公表、これに対して関係日本企業は既に暗黙の了承を得ている。

ロシアの「ガスプロム」の昨年の欧州向け輸出は前年比7%減、これで米ロの余剰ガスが日本に向かえば、今後のLNG価格はさらに大幅に下落することも考えられる。

筆者の予感では、近く予定されている日露交渉の場で。プーチン大統領は日本に歯舞、色丹の小さい2島の返還を条件に貿易交渉に臨んでくるのではと思っているが、そんなロシアの甘い話に簡単に応じる程安倍信三氏は甘くはないと思っている。

ロシアの必要としている「日本の技術」の価値は歯舞、色丹両島にも勝るとも劣らないもので、それに加えて買手市場になりつつある「エネルギー」を会議の俎上に載せながら交渉を我が国有利に展開して欲しいと願っている。

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「虎屋」に老舗の生き方を見る

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日経産業新聞4月19日誌に和菓子の老舗「虎屋」黒川光博(69)の仕事ぶりに関する記事を見て、老舗でありながら新しい方向を見出して脱皮しながら発展する虎屋を感じた。

日本の鉄道のハブとも云われる東京駅がこの度、新装され世間の注目を集めている。その一角に、和菓子の虎屋が新店舗「Toraya Tokyo」を出店した。

古い人間には虎屋と云えば「ヨウカン」だが、黒川社長は「きな粉や抹茶のマカロン」「葛プリン」等の新製品を売り出している。

黒川社長曰く、これが“虎屋の集大成で老舗でありながら新しい菓子作りに挑戦し続けてきた虎屋の今が凝縮されている”と胸を張る。

虎屋の創業はハッキリとは判らないが室町時代の後期と云われ、500年ほどの伝統をもつ菓子屋さん。

光博氏はその17代目。創業期から皇室のご用達になるなど顧客層は盤石だが、黒川は不安と疑問を抱き続けてきた。

この最大の疑問は“和菓子はこれからも続くのだろうか?”

戦後の混乱期に業務を任されてきた光博氏だが、先代の光朝氏(16代)にしても戦争中から戦後の混乱期にさらに苦しい経営を強いられてきたことを考えると自分以上の困難を生き抜いたに違いないと思うようになったらしい。

第16代の光朝氏も、或とき祖父(15代)武雄氏に同じ質問をした時、「俺も関東大震災に遭遇したとき廃業しようかと迷った」と云っていたとか。

光博氏の場合社長職を引き継いで13年目(2003年)に転機が訪れたと云う。それは和菓子の虎屋として、初めて六本木ヒルスで初の洋風喫茶店[Toraya Café]を開設したときの話。そこで外部から専門家を招聘して「和菓子でも洋菓子でもないお菓子」を目指した。

小豆あんとチョコレートを組み合わせた菓子などは和菓子から縁遠かった若者を引き付け盛況を続けたらしい。

虎屋は大正時代から新しい商品を開拓することで知られていたことを思い出す。

バナナの形をした生菓子、ゴルフボールのモナカ、又戦時中では缶詰めがヒットしたことを知っている。一見型破りだが、時代の流行にそう斬新なアイディアーを見つけることに努力を怠っていないように思える。

この記事を読んで筆者の感じることは、兎角、老舗の経営者には伝統や個性を守ることに拘って、変身のチャンスを見失ってしまう傾向が多い中、虎屋のように、時代の「風」をいち早く感知して、その時代の波(流行)に沿って自分から行き方を変える企業が永く生き残るのではと思える。

「衣」、「食」、「住」に密接に関係する職業は、他のものより不況期に強いと思うのだが、それにしても時代の変遷で需要が無くなるまで家業を頑なに守り、変化を求めなければ結局は取り残されてしまうしかないように思う。

その点、時代の変化に目を向けて自分からその変遷に従って、努力する「老舗」を虎屋に見たように思った次第。

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宮内庁はもっと庶民に目を向けよ!

若いころの思い出で、昔、京都二条城を「二条離宮」と呼んでいたのではと思ったので「離宮」についてサーチエンジンで調べたところ果たして、その通りであった。

ついでに我が国の昔からの皇室の「離宮」を調べてみたところ下記のことが判った。

ディフィニションとして、離宮とは、一般に王族、皇室等が居住するために造られた宮殿(皇居)とは別の敷地に建設されるもの。それには避暑、避寒、静養に建てられるものもある。これは我が国の場合、「那須ご用邸」「葉山ご用邸」等がこれにあたると考えられる。

もう少し詳しく限定すると、小規模のものは「ご用邸」、規模の大きい場合は「離宮」或いは「後院」と呼ばれたとある。

かって存在した離宮:

赤坂離宮は明治⇒大正に、今でいう東宮御所として建造され今では迎賓館となっている。

霞関離宮:(現在の国会前庭地区)旧有栖川宮邸、大正時代、昭和天皇の東宮仮御所として用いられたが、1945年の東京大空襲で被爆炎上。

芝離宮:旧芝離宮恩賜庭園(東京港区)

鳥羽離宮:12世紀から14世紀に使用された。(京都市)消滅

名古屋離宮:名古屋城のこと。(名古屋市)

二条離宮:二条城(京都市)

函根(箱根)離宮:現在の神奈川県立恩賜箱根公園(神奈川県)

浜離宮:現在の浜離宮恩賜公園(東京都)

武庫離宮:現在の須磨離宮公園(神戸市)

吉野離宮:(宮滝遺跡)飛鳥時代の離宮(奈良県吉野町)消滅

以上10ヵ所が皇室に関係のあった「離宮」であったが、今では、それぞれ国民に開放され利用されている。

戦後、主権在民の世に変わっても依然として宮内庁の都合で国民のためになっていない離宮がある。

それが京都に残る「桂離宮」と「修学院離宮」である。

筆者は京都の住人だが、上記の二か所の離宮が何故「恩賜の離宮公園」として解放されていないのか全く判らない。

イギリスではエリザベス女王自らが皇室費用削減の目的で我が国で云う皇居である「バッキンハム・パレス」を日時を限ってでもロンドンの観光客に有料で開放までして国の財政に負担のかからないように皇室自身が協力していると聞く。

京都市民として、京都御所は別としても、世界の名庭園と称される「桂離宮」と「修学院離宮」は是非とも観光客がたとえ有料としても、自由に訪れることのできる場所として開放して欲しい。

それらが京都市に下賜され、観光客に利用できるようになれば、京都市の財政にとって喜ばしいことだけではなく、宮内庁及び皇室の費用に大いに貢献すること間違いなしと思われる。

何かにつけ問題の多い宮内庁、どうか国民の目線で国の為になることを考えてほしいものである。

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国の文化財管理は万全か?(2)

Img_0928 数日前、4月10日に記載された「元国宝の仏画に募る思い」の見出しで、盗難から101年、綾部・楞巌寺(りょうごんじ)のご住職為広哲堂(79)氏の写真入りの記事についてブログで披露した。

記事には為広住職が書庫で所蔵されている楞巌寺旧蔵の国宝「不動明王三童子蔵」の記載されているケルン東洋美術館発行の図録をご覧になっているところが掲載されている。

この「不動明王三童子像」は明治37年(1904年)の国宝に指定され、代々の住職が大切に木箱に入れて保管していたが、その6年後の1911年から12年のうちに盗難に遭い行方が判らなくなった。

国宝の寺宝が盗難になれば恐らく当時の住職は盗難届の手続きを取られていることと思われる。しかるにその後は行方不明のまま寺宝が戻っていないことは楞巌寺としても看過できない問題で、国宝や重要な美術工芸品を管轄する文部省にとっても放置できない事例であることは当然と思われる。

この記事を担当した毎日新聞福知山支局の佐藤幸治氏に電話で問い合わせたところ、この失われた元国宝の仏画は、戦後、1950年に文化財保護課が調査して、再度、「重要文化財」に指定され日本国内にあることになっているとのことであった。(国宝→重要文化財への指定替えの際、文化庁がその所在について実見したかどうかは疑問」)

ところが、楞巌寺には「実物」は存在せず、それは現在、ドイツのケルン東洋美術館にあり、何時か京都の美術商の手を通じて売却され、それを購入した個人がそれを同美術館に寄贈したと云われている。

ここで筆者が疑問に感じたのは、為広住職が1994年5月、為広住職が寺の書庫を整理中に80年あまり所在不明だった寺宝をケルン東洋美術館所蔵品カタログの中に見つけた事実である。

お寺の書庫にケルン東洋美術館の蔵品カタログが保存されていて、住職が何気なしにページをめくっているとき偶然発見したとは全く夢のような話ではないだろうか?

▼寺宝の紛失は何時か?それは盗難事件と断言できるか?楞巌寺から盗難届が出ているか?

▼寺宝が海外に持ち出された日時。誰が販売して、ケルン東洋美術館は誰から何時寄贈を受けたのか?

▼存在しない国宝「楞巌寺不動明王三不動像」を何故調べもしないで重要文化財指定したのか?

▼文化庁は責任をもって、これが正当な理由で海外の美術館にあるのであれば、即刻調査の上、これを文化財台帳から削除すべきである。

筆者は以上4点を再調査して、国はこの事件の顛末を公表すべきだと考える。

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「北方四島」に関するアメリカの見解

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3月28日付産経新聞はモスクワ遠藤特派員の報道として、最近北方領土の国後島に於いてアメリカの企業が風力発電所建設を受注、関連設備の製造に着手したと書いている。

また、この米企業は昨年の9月に稼働した択捉島のディーゼル発電所も手掛けたとも報じている。

日本外務省はこの事実をどのように解釈し米ロに対処を行ったのであろう?

アメリカは日本が過去60年以上「北方四島問題」でいかにソ連、ロシアと対処してきたかを熟知していることは当然で、日本に何の断りもなくこのような事業を認可することがあってよいものだろうかと首をかしげたくなる。

アメリカ政府は日本がながくロシアが「北方領土」を占拠している為、二国間に未だに平和条約が結ばれないまま今日に至った、そもそもの理由を知らないわけがない。

「北方領土」を管理するサハリン州の当局者は風力発電所が出来るのは国後島の泊(ロシア名ゴロブニノ)、風の出力に応じてディーゼル発電も併用する予定、既に競争入札を経て、昨年12月に米企業「タイガーマシナリー」傘下の「サハリンマシナリー」と契約済みとのこと。

地元の報道では、発電所の電気系統部は既にデンマークで組み立てられ、5~6月頃には風力発電装置のテストがスペインで行われて国後島に搬送され来秋に稼働の予定となっている。

国後島における地熱発電もサハリンマシナリー社との契約が話題となっているとか。

択捉島の別飛(ロシア名レイドボ)では昨年9月既に前述アメリカ企業によってディーゼル発電所が立ちあがっている。又、択捉にも次熱発電所の計画があり、複数の外国企業がすでに受注の意向を鮮明にしている。

サハリンマシナリー社は「我々は民間企業であり、契約に従い、その都度事業内容を明らかにすることは出来ない」としている。

ロシア政府はこの度、クリール諸島(北方4島を含む千島列島全体)の「社会経済発展計画」(2007年から2015年)に基ずいてインフラ整備を進め、この方面の実行支配を強化しているかに見受けられる。註:ロシアのクリール諸島見解では「北方四島」包含する?

これにかかる経費全体は280億ルーブル(約857億円)で代替エネルギーの活用はこの柱の一つと云われる。

択捉島の港湾工事には既に韓国企業が参加した前例もあり、ここに至って我が政府は自力でのこのようなロシアの出方に対抗する手立ては全く持ち合わせゼロと云わざるを得ないと思われる。

一層のこと、方向を変えてこの問題の解決策についての意見をアメリカに問ふては如何とも思うのだが。

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国の文化財管理は万全か?

京都府綾部市の楞巌寺(真言宗、高野山派)所蔵の国宝「不動明王三童子図」が1912年盗すまれて昨年で1世紀が経過した。

この絵は1904年(明治37年)に国宝指定となった鎌倉時代の有名な文化財として有名であった。

本日(4/10)の毎日新聞報道によると、盗難から80年が経過した94年5月、住職の為広哲堂氏が書庫を整理中同寺にあった不動明王三童子図によく似た構図の作品がドイツ・ケルン東洋美術館蔵品カタログに掲載されていることに気ついたので調査したところ、それが紛れもなく楞巌寺にあった不動明王図であったことが判明した。

ところが、ケルン・東洋美術館は、この作品を京都の或る美術商から購入した危篤家から寄贈を受けたものである事実が判明した。

その後、楞巌寺が作品の返還を望んだものの、これが日本の法律に照らしても合法的に同美術館の所有となっているので返還は無理だと云うこととなった。

為広住職(79)は「仏画は単なる美術品でなく信者の心のよりどころ」とおっしゃっている。

その住職の心が通じてか、参拝者を中心に今では仏画返還希望者約3000人の署名が集まり、その後、20年に及ぶ返還折衝が続いている。

現在文化庁の帳簿には「楞巌寺蔵不動明王三童子」は1950年に行われた調査で国の重要文化財となっている。

このことは文化庁は1912年に盗まれた寺宝をそのまま、楞巌寺所蔵として重要文化財に指定したこととなる。

筆者は盗難に遭って38年経過後、所在不明のまま調査もせずに存在するものとして国家の重要な文化財を帳簿上の管理を行っていた文化庁の職務の怠慢さに疑問を感じざるを得ない。

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稲田信二氏の野菜工場

Photo_2 稲田信二氏

京都の新たなVC(ヴェンチャー・キャピタル)として注目されている「スプレッド」は完全人工型の植物工場で急上昇を見せている会社(代表取締役稲田信二氏)

自然条件にな左右されることなく、屋内環境を制御することで一年を通して安定的な生産・出荷が可能な野菜生産工場。

ビニール・ハウスの延長ともとれるこの工場、無農薬栽培など安心で安全な農作物を育てることが可能で、栽培用の棚を多くすることでスペース効率を高められる。

しかし、これは、太陽光利用型より初期投資金額が大きく、電力sの消費も多くなり、如何にコストダウンすることが最大の課題と見られる。

全国に多くある同型の事業所の中にあって、スプレッドは最近になり急速に成長を遂げ、恒常的な黒字計上を達成していると云われる。(週刊ダイヤモンド4/13号)

稲田社長が創立した青果物卸市場間の取引仲介会社がその母体で、自前の物流機能を持つ強みを生かして植物工場から小売の物流センターや店舗までコールドチェーンでの輸送を低コストで行える強みを持つ。

全国的に大都市、特に首都圏での需要が増えていることに加え近隣諸国からの衛生食物にたいするデマンドも追い風になっていると聞く。

稲田社長は、もともと宝石関係の仕事をしていたが、バブルの崩壊で変身、人間生活にとって宝石より身近な、必要度の高い生物栽培の世界に身を置くことを決心したとのこと。

現在稲田氏は㈱スプレッドの他に複数の会社を経営している。それらはすべて産品を全国的にスムースな流れにするために構築された企業態のチェーンである。

㈱トレード(物流)、㈱ディール(対仲卸専門)、㈱プロップ、(不動産管理)

㈱スプレッドの操業は平成18年、植物工場のプロジェクト操業開始の4年後、農業従業者の高齢化と自然現象、耕作地の放置と全国的な休耕面積の増加の現象を目のあたりにして、このままでは日本の農業自体が壊滅する印象を感じた時、偶然、植物工場の構想に引き寄せられたらしい。

全国的に見ても㈱スプレッド程大規模な経営を行っているところは他に一社あるのみらしい。(稲田社長談)

京都府亀岡市にある植物工場でレタス類4品目を生産、「ベジタス」のブランド名を入れたパッケージで、関西と首都圏の食品スーパー中心に出荷している。日量2万株の生産能力をもつが、農産物にたいする安全、安心の高まりを背景に需要が拡大、「常にフル稼働状態で注文に応じきれないこともある」と稲田社長、12年度の売上高は5億円超とのこと。

最近になって同社に海外からの誘致が次第に増えている。その傾向に応じる目的で、スプレッドはアメリカに現地法人を設立した。

今年3月、ネヴァダ州の公的研究機関と官民連携協定に向けた協議を行うことで基本合意した。

ネヴァダ州は観光が主要産業、砂漠気候のため農業生産には不向きなところ。

そのような厳しい自然環境下でも農産物を規則的に生産、安定供給できる技術を持つスプレッド社に世界中から熱い目が注がれているともとれる。

その見地から考えて、近い将来、暑くて不毛な砂漠の多い中東やアフリカなど、人口増加の著しい乾燥地帯における「ハイテク植物工場」には輝かしい未来が待っているように感じられる。

TPP反対者の多いJA(農協)関係者や、米の減反を強いる農政で税金を無神経に垂れ流して発展心を持たない農政に胡坐をかく政治家たちも、もうそろそろ頭を切り替えて「なんでも反対」から脱却して欲しいものである。

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廃物の産業化3種

生産の過程でできる、産業廃棄物から新らしい生産物ができたり(1)、陸地から大洋へ流れ出す前の水流を利用して電気を作る(発電)を考え(2)、これまで日本の林業の“やっかいもの”だった間伐材からプラスティッの原料を作る(3)等はまさに廃物利用の新産業である。

本日、4月4日の日本産業新聞による報道からそれらを要約することにしたい。

産業廃棄物から生まれる新製品の話題は、伊藤園の茶がら、キューピーの卵の殻、カゴメのトマトの皮の話題。

お茶飲料の製造工場で排出する茶がらを工業製品の原料としてを工業製品の原料として再利用する「茶殻リサイクルシステム」は伊藤園がが2003年に始め、今年で11年目」になる。既に商品化、共同開発で協力会社は150社にのぼる。

実用化した茶殻入り製品は、植物を育てるプランター、健康サンダル、紙ナプキン、封筒、ダンボールなど。

茶殻を利用したいと云う問い合わせは多く、年5から6製品のペースで着実に進展しているとのこと。

茶殻の腐食、乾燥の防止に工夫がなされた。今では同社はできた材料を植物園節製紙会社や樹脂会社にわたしている状態。

キューピーは主力商品「マヨネーズ」などで国内生産」の卵」の一割、約23000トンの殻を排出」している。

卵の殻の9割はは農家向けの肥料だが、卵の殻の通気性を生かして壁紙などの原料にも利用されている。

卵の殻はアルカリ性のため酸性雨を吸収して土壌を中和させる効果があるとか。卵の殻膜は皮膚との親和性が良いとのことで、今後は医薬品向け再利用も検討されている。

カゴメはケチャップやジュースに使用するトマトの皮を農家用の肥料の原料として研究がすすめられている。

飲食店で捨てられる食べ残しの食品廃棄物についても、削減の取り組みが始まっている。これからはこの方面の有効活用が進むことだろう。

神戸大学と三井化学、日本触媒は共同事業として、プラスティック原料の有機酸を間伐材や、木くずと云った廃材から作る酵母を開発した。

これには遺伝子組み換え技術の利用で酵母の体の表面で多数の分解酵素が働くシステムを考えだした。

これまで石油から作っていた有機酸の代替生産を目指し、5年後をめどの商業生産化する方針。

廃材粉末を酵素が分解、グルコースに変質させ、そこから3HPを作る。(プラスティックや化粧品、紙おむつの原料のアクリル酸のもと)

これも5年後をめどに基礎技術を完成させてプラ原料の生産を始める計画。

日本の森林から倒木や間伐材を取り除くことは山林業や林野庁の頭痛のタネであったことからして、このような技術が生まれることで国産木材の利用が活発化することでも喜ばしい。

モーター製造の協和工業(舟橋市)では小さな川や排水管などの水流を利用、発電するマイクロ水力発電機を考案した。

小さな力でコイルを効率よく回転させる独自の技術を活用する。

この技術は小さな川や排水溝を通る水の力の利用を想定した縦型と、排水管の中を通る水流を使って発電するパイプ型の2種。

毎秒100から600リットル程度の水量で一分間で100から250回転して発電する。5キロワットの縦型で500万円、パイプ型で400万円だが、200キロワット未満の小型水力発電の場合、固定価格買い取り制度を利用すれば1キロワット時当り35.7円で売電可能。

これには、風力や太陽光利用発電と違って自然現象に関係なく稼働が期待できるので初期投資金額は5年以内に回収できる利点があると云う。(協和工業)

以上三つの云わば「ニッチ産業」ともとれる話題なのだが、いずれも必然性にともなった資源の再利用なので確立性の高いバイ・プロダクトとして奨励されてしかるべき新産業である。

国土の6割が山岳地帯で今後は保水と水流を如何にエネルギーに還るかは石油や天然ガスに乏しい我が国にとって大きな課題だと考える。

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陸奥の国の春は遅い、それで人々は、永い冬を耐えしのびながら春爛漫の桜の景色を夢見る気持ちは納得できると云うもの。

大震災の前年に山形から宮城、福島を旅した時、何処にも有名な桜の名所に出くわした。中には何キロにも及ぶ川岸に植えられた桜が満開のところをバスの窓から見たこともあった。

それは各所の大名が百姓や商人の心をなごませ、永い厳しい冬に耐えしのんだ報いとして分け与えた美しい景色で、働く意欲が湧くことを願って植えたのではないかとも考えたほど各所で美しい桜の景色を満喫したのを覚えている。

今朝(4/2)毎日新聞に2年前大震災に見舞われた石巻市雄勝地区の荒浜海岸に設置された長さ40メートル、高さ4メートルの巨大な漆喰壁に200人が挙ってピンクのペンキで手形を押して、あらかじめ描かれていた枯れ木の大木を満開の桜に見立てたキャンパスを完成させた(写真)。

これは岐阜県高山市の左官職人、挟土秀平さん(50)と地元の有志らが、昨年の12月にここの海水浴場に設置したものである。

震災後ここから去って行ってしまった人も多いらしいが、これに参加、五つの手形を押した高山いくよさん(78)は「この桜の下で雄勝を去って行った人達を待っていたい」と云っている。

遠く離れた岐阜県高山の左官業の挟土氏のアイディアなのか、それとも雄勝地区の人々の発案なのか判らないが、筆者はこれを思い立った人達の「思いつき」に拍手を送らないではいられない。

前の戦時中、出征する兵士に女性達が作った「千人針」や日ノ丸に寄せ書きして見送った日本人特有の「励ましの」の原泉を見た思いがする、立派なアート作品として拍手を送りたい。

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