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国の文化財管理は万全か?(2)

Img_0928 数日前、4月10日に記載された「元国宝の仏画に募る思い」の見出しで、盗難から101年、綾部・楞巌寺(りょうごんじ)のご住職為広哲堂(79)氏の写真入りの記事についてブログで披露した。

記事には為広住職が書庫で所蔵されている楞巌寺旧蔵の国宝「不動明王三童子蔵」の記載されているケルン東洋美術館発行の図録をご覧になっているところが掲載されている。

この「不動明王三童子像」は明治37年(1904年)の国宝に指定され、代々の住職が大切に木箱に入れて保管していたが、その6年後の1911年から12年のうちに盗難に遭い行方が判らなくなった。

国宝の寺宝が盗難になれば恐らく当時の住職は盗難届の手続きを取られていることと思われる。しかるにその後は行方不明のまま寺宝が戻っていないことは楞巌寺としても看過できない問題で、国宝や重要な美術工芸品を管轄する文部省にとっても放置できない事例であることは当然と思われる。

この記事を担当した毎日新聞福知山支局の佐藤幸治氏に電話で問い合わせたところ、この失われた元国宝の仏画は、戦後、1950年に文化財保護課が調査して、再度、「重要文化財」に指定され日本国内にあることになっているとのことであった。(国宝→重要文化財への指定替えの際、文化庁がその所在について実見したかどうかは疑問」)

ところが、楞巌寺には「実物」は存在せず、それは現在、ドイツのケルン東洋美術館にあり、何時か京都の美術商の手を通じて売却され、それを購入した個人がそれを同美術館に寄贈したと云われている。

ここで筆者が疑問に感じたのは、為広住職が1994年5月、為広住職が寺の書庫を整理中に80年あまり所在不明だった寺宝をケルン東洋美術館所蔵品カタログの中に見つけた事実である。

お寺の書庫にケルン東洋美術館の蔵品カタログが保存されていて、住職が何気なしにページをめくっているとき偶然発見したとは全く夢のような話ではないだろうか?

▼寺宝の紛失は何時か?それは盗難事件と断言できるか?楞巌寺から盗難届が出ているか?

▼寺宝が海外に持ち出された日時。誰が販売して、ケルン東洋美術館は誰から何時寄贈を受けたのか?

▼存在しない国宝「楞巌寺不動明王三不動像」を何故調べもしないで重要文化財指定したのか?

▼文化庁は責任をもって、これが正当な理由で海外の美術館にあるのであれば、即刻調査の上、これを文化財台帳から削除すべきである。

筆者は以上4点を再調査して、国はこの事件の顛末を公表すべきだと考える。

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