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「虎屋」に老舗の生き方を見る

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日経産業新聞4月19日誌に和菓子の老舗「虎屋」黒川光博(69)の仕事ぶりに関する記事を見て、老舗でありながら新しい方向を見出して脱皮しながら発展する虎屋を感じた。

日本の鉄道のハブとも云われる東京駅がこの度、新装され世間の注目を集めている。その一角に、和菓子の虎屋が新店舗「Toraya Tokyo」を出店した。

古い人間には虎屋と云えば「ヨウカン」だが、黒川社長は「きな粉や抹茶のマカロン」「葛プリン」等の新製品を売り出している。

黒川社長曰く、これが“虎屋の集大成で老舗でありながら新しい菓子作りに挑戦し続けてきた虎屋の今が凝縮されている”と胸を張る。

虎屋の創業はハッキリとは判らないが室町時代の後期と云われ、500年ほどの伝統をもつ菓子屋さん。

光博氏はその17代目。創業期から皇室のご用達になるなど顧客層は盤石だが、黒川は不安と疑問を抱き続けてきた。

この最大の疑問は“和菓子はこれからも続くのだろうか?”

戦後の混乱期に業務を任されてきた光博氏だが、先代の光朝氏(16代)にしても戦争中から戦後の混乱期にさらに苦しい経営を強いられてきたことを考えると自分以上の困難を生き抜いたに違いないと思うようになったらしい。

第16代の光朝氏も、或とき祖父(15代)武雄氏に同じ質問をした時、「俺も関東大震災に遭遇したとき廃業しようかと迷った」と云っていたとか。

光博氏の場合社長職を引き継いで13年目(2003年)に転機が訪れたと云う。それは和菓子の虎屋として、初めて六本木ヒルスで初の洋風喫茶店[Toraya Café]を開設したときの話。そこで外部から専門家を招聘して「和菓子でも洋菓子でもないお菓子」を目指した。

小豆あんとチョコレートを組み合わせた菓子などは和菓子から縁遠かった若者を引き付け盛況を続けたらしい。

虎屋は大正時代から新しい商品を開拓することで知られていたことを思い出す。

バナナの形をした生菓子、ゴルフボールのモナカ、又戦時中では缶詰めがヒットしたことを知っている。一見型破りだが、時代の流行にそう斬新なアイディアーを見つけることに努力を怠っていないように思える。

この記事を読んで筆者の感じることは、兎角、老舗の経営者には伝統や個性を守ることに拘って、変身のチャンスを見失ってしまう傾向が多い中、虎屋のように、時代の「風」をいち早く感知して、その時代の波(流行)に沿って自分から行き方を変える企業が永く生き残るのではと思える。

「衣」、「食」、「住」に密接に関係する職業は、他のものより不況期に強いと思うのだが、それにしても時代の変遷で需要が無くなるまで家業を頑なに守り、変化を求めなければ結局は取り残されてしまうしかないように思う。

その点、時代の変化に目を向けて自分からその変遷に従って、努力する「老舗」を虎屋に見たように思った次第。

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