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チンチン電車と「先走り」

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京都遷都1100年を記念して「琵琶湖疏水」ができ、発電所が蹴上に竣工して、その結果、京都の町に全国に先駆けて「チンチン電車」が走りだした。

「京都電気鉄道」は明治28年(1895)開業で、その路線のルートは:

(1)伏見線=京都7条停車場から伏見まで(7キロ)、(2)木屋町線=7条から2条まで、(3)木屋町2条から南禅寺までの鴨東線の3路線からなり、それが最終的に7路線(21キロ)に迄延長され、後にそれを京都市が買収して「市電」となった。大正7年(1918)

京都新聞(5月9日)によると、最初の頃は、人命に被害が及ぶのを防ぐために、小学校を卒業したばかりの少年達を雇って、時速10キロの電車の前を大声で、「電車が来まっせ!、危のうおまっせ!」と叫びながら走って警告する電車告知人がいたと云う。

これを「先走り」と云ったそうだが、こんなことを知る人は今ではごく稀と思われる。

「電車告知人」はその頃、チンチン電車による相次ぐ人身事故や、脱線事故を受け開業から約半年後に導入された職業であったらしい。

昼間は赤旗をもって電車を先導、道の横断個所では歩行者を誘導し、夜間は赤提灯をもって全工程を電車と一緒に走ったと云う、聞いただけでもしんどくなるような過酷は職業である。

記事によると、尋常小学校を出ると多くのものは丁稚奉公に出され、働くことが当たり前だった頃、これの請負人が少しでも経費を安くするために子供を使ったと云われている。

現在なら「少年法」に抵触してできないだろうが、昔ではこれが当たり前であったと云われる。

これがよっぽど過酷な仕事と判っていたので、親が子供を叱る場合に「先走りをさせるぞ!」と云ったらしい。しかし、告知人が電車にひかれる事故がその後、度々起こったので明治37年(1904)に廃止となったらしい。

近代京都の建築等に興味を持つ、鳥越一朗氏(58)は、着流し姿で、近代文明の象徴的存在の電車の前を走る少年の姿の写真を発見、無償にいじらしく思ったので、忘れらている京都の歴史を知らしめるためて、小説「電車告知人」(ユニプラン)を2007年に出版した。

(写真は北野天満宮内を走るチンチン電車)5月9日版、京都新聞より複写。

興味のある方は京都府立総合資料館のホームページ「京都記憶ライブラッリー」参照。

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