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アメリカ最初の人工運河

250pxgreat_dismal_swamp_canal                                       Dismal Swamp Canal,N.carolina

アメリカ合衆国は東西に長く、南北に短い形をしているが、東にはアパラチアン山脈、西にロッキー山脈があり、その中間は荒野と草原と砂漠である。そのほぼ真ん中を北から南に流れるミッシシッピーに向かって大小無数に近い川が流れ込んでいる。

この多くの川の源は東西二大山脈及びカナダからもらう雨水と雪解け水である。これらの水源、水流を利用して文明は東から西に広がったと云える。

独立以前から、この国では数多の運河が造られ、それらを利用して人と物質の輸送が盛んになった。

初代大統領のジョージ・ワシントンが土木技師であったことは我が国ではあまり知られていないが、17635月、ワシントンは大ディスマル沼地(Great Dismal Swamp)を最初に訪れた際、ここから(South Mills,N.Carolina)地面を掘り下げて35キロ程を運河としてヴァージニア州のチェサピーク湾に流すことを提案、その後、12年の歳月を費やして、国の最初の運河が完成した。

1784年、運河会社が創立され、9年後にようやく工事が開始された。すべてが手作業で、岩盤を削って35キロを掘り進むことはさぞや大変な工事であったに違いない。

この工事に携わったのは勿論、黒人奴隷、周辺のオーナーから狩あつめられ、12年の歳月を経て完成した。(1803)

常識で考えて、この工事は恐らく一大難工事であり、完成までに、さぞや多くの犠牲者を生んだのではと想像するが、こんなことはアメリカ史の表面にはでてこない。又、ワシントンの没年は1799年なので完成した時には既にワシントンはこの世にはいなかった。

その後、運河はアメリカの至る所で造られるが、それらの運河を繋ぐために陸上輸送を円滑にするため、各地で有料道路(Turnpike)が造られた。

1803年のルイジアナ地方購入後、それまで、アパラチアン山脈以東に住んでいた人たちは西に向かって動き出した。

1812年戦争後、エリー湖とハドソン河を結ぶエリー運河が最初の公共プロジェクトによる運河として1825年に完成したことによって、東海岸周辺地帯ばかりでなく、オハイオから西の地方の繁栄に運河と有料道路のネットワークによるインフラは益々西に向かって延長された。

運河を利用した船による運搬は大量物資の輸送を可能にし、住宅や砦の建設に東部から大量の木材が運ばれた。

従って19世紀半ばの大陸横断鉄道の完成迄は運河及び河川による輸送はアメリカの発展に最も貢献した「インフラストラクチャー」であったと思われる。

※リフェレンス:

National Register Information System National park Service,2009

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