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タスマニアに住んで

Photo_2タスマニアでのかっての住み家

ほぼ10年前、筆者はタスマニアに移り住んだ、その頃の条件は誰でも10万オーストラリアドル(当時では約750万円)を所持、規定以上の大きさの土地を購入、3年以内に規格以上の住居を建てれば永住できるとの事であったので、時差も少なく気候も反対なので1年発起して、それに挑戦を試みた。

土地の大工とねんごろになって、力を合わせて川辺に写真にある木造が出来上がった。場所は首都ホバートから南に車で半時間のヒューオンヴィル(Houonville)と云う田舎町。

土地の面積約1エーカー(1250坪)、前にはヒューオン河(幅約50メートル)対岸の島は国有地でとても美しくてのどかな場所であった。

不動産家からもらった図面を見れば、真ん中に点線が見られたので、聞いてみると、これは以前には、二つの地所を一つにしたものと判った。

土地が大きすぎると思ったので、弁護士に依頼して、再びそれを分割して、それぞれの地所の岸辺にモーターボート用の簡易船着き場(jetty)の設置許可を申請して、許可をもらった。(これが後に幸いした)

出来上がって、ホットしていたころ、突然、ロンンドンで同時多発テロが発生した。

オーストラリア政府は宗主国の事件に驚き、居住外国人ステータスの見直しを始め、私の場合も、すむのら離婚証明書の提出、その後、家族には族と同等権利は与えないと云う厳しいものであった。

これは私にとって青天の霹靂、地方政府に連絡して、条件交渉を行ったが駄目だと判った。

それは私が東洋人で、有色人種であったからであることがその理由。あまり悔しいので、これは貴国の法律に遵守して「要件」を満たしたもので、間違っているのは政府にあると、堂々と弁護士を通して挑戦した結果、国はさすがに彼らの非を認め、建築後3年は売れないものを、何時でも売却しても良いと許可され早速、売却を不動産屋に申し込んだところ、不思議にも2週間足らずで、購入価格の1.5倍に売れた。

それは、前年にオーストラリア本土が大干ばつに逢い、多くの農家が廃業を決めて、大挙してタスマニアに移住してきたためであった。

ヒューオンヴィルは30分で外海に通じていて、魚釣りの好きな連中がjetty設置許可の土地を欲しがったためだった。

タスマニアは雨に恵まれ、年中緑がいっぱい。気候は、緯度は北海道の裏返しの場所だが、殆ど雪も降らない比較的のどかな場所。

空気は世界一きれいで、雨水ででも生活できるところである。最初はなんと美しいところだと思っていたが、法律を調べて判った結果、ここは世界中で名高い白人専横のところと判明した。(白豪主義発祥地)

しかし、旅をするのならこの島ほど変化に富んでいて面白く、牛肉と海鮮魚や、うに、ハマグリ、アバロニが楽しめるとkろであることをお知らせ」して、「タスマニア通信No1]の終わりとしたい。


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