« タスマニアー3 | トップページ | 消えた赤い手帳 »

光悦会のこと

12935284光悦寺

「光悦会」を御存じの一般人は比較的すくない。これの由来は、明治28年(1895年)。三井の大番頭であった益田孝が東京品川の御殿山で催した「大師会」に続いて、秀吉の醍醐の花見の豪華さを思い浮かべ、京都、鷹が峰の光悦寺で催そうと道具のお買手達が出入りの道具商に号令をかけたところ、東京、大阪、金沢、名古屋、岡山(五都美術倶楽部)の主だった商人達が智恵を絞って始めた、日本で最も格式の高いことで有名をはせる茶会が光悦会の始まりである。

 

筆者は詳しくは知らないが、世に伝わるとされる有名な光悦が記した手紙の日付が、慶長11年11月11日であるとされることから、毎年、京都の鷹が峰の光悦寺で、世に知られた有名茶人たちがお呼ばれにあずかり、道具商の選んだ茶道具を手にとって観賞できる「会」のことを指す。

 

毎年、11月11日から13日の三が日、京都は、愚か全国から、着飾ったお茶人が集まってくる。

重要なのは自分がその茶会に招待されたと云うことが名誉で、即ち“有名文化人”を自負できることで満足する「高級茶人」の集まりで、京都ではその間、美しい着物で着飾ったご夫人をあちこちで見受けることも京都ならではのことである。

 

|

« タスマニアー3 | トップページ | 消えた赤い手帳 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/304622/53894455

この記事へのトラックバック一覧です: 光悦会のこと:

« タスマニアー3 | トップページ | 消えた赤い手帳 »