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南北戦争以前のアメリカ

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筆者の手元に1867年に出版になった学校の歴史教科書がある。それはリンカーン大統領が1865年4月14日の晩に、ワシントンのフォード劇場で暗殺され、その翌日の4月15日に副大統領、アンドリュー・ジョンソンが大統領職を引き継いだ場面で終わっている珍しい書籍であるので大事に保存している。。

この教科書を見ていると、当時のアメリカの教育の根本がどのようなものであったかがおのずから明白に判る。

例えばアメリカ先住民が如何に凶暴でコントロールが難しい人種であったかを白人の立場から子供たちに教育しようとしていたかが明白に理解できて、現代の歴史書の見解が、その後、どのどの様に変化したかが判る。

その時までに州として認められていたのは34州、カンサス州が最後で、1850年、南北戦争勃発の10年前に独立した州に認められた。

ウエストヴァージニア、ネヴァダ、ネブラスカなどは当時[準州」と呼ばれていた。1867年にロシアから購入した現在のアラスカ州は「イーストロシア」(East Russia)と呼ばれていた。

その中にあってカリフォルニアはアメリカ大陸の西端にありながら、18

50年に州として認められ、その同じ意味でオレゴンなども1845年に独立した州となっていたことに驚く。

アメリカが「フロンティアの終焉」を宣言したのは、遥か後の1890年であった。しかし、1849年にカリフォルニアで金塊が発見され、ポーク大統領が西北部でイギリスと領地紛争を起こし、多くの国民の領土に対する注目を集めたことも、これら2州が他の州より一足早く州として独立が認められた理由と考えられる。

テキサスの独立が同じく1845年だがこれは略10年前に起こった「アラモ砦」での紛争の結果、メキシコとの戦争が起こり、サムエル・ヒューストンがテキサスの独立を果たしたことで、アメリカへの編入が早まったと考える。

アメリカ人にとっておめでたいことは、アメリカがメキシコから1848年に、大金を払ってでも手に入れたカリフォルニアでその翌年、金鉱が見つかり国を挙げての大騒動が起こった。

トム・ソーヤの冒険を出版した有名作家、マーク・トウエーンまでもがそのブームに巻き込まれ、遠路カリフォルニアまで出向いた程でこの事件が如何にアメリカを揺り動かした程大変なものだったが判るというもの。

この事件を境として、アメリカでは西海岸への郵便配達が必要べからざるものとなり、ニュースをいち早く届けるために、大型ヨット”クリッパー船”、”ステージ・コーチ”、果ては、「ポニー・エクスプレス」による早馬での郵便配達等のサービスが盛んになった。

しかし、最終的には、大陸横断鉄道の完成、サミュエル・モールスによる電信技術の発達で、アメリカは近代国家の道を歩みだすこととなった。

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