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カラシニコフの終焉とプーチン

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去る12月2日の各紙の報道で一時、世界で最も使われた武器のロシア製の自動小銃”カラシニコフ”、ロシア国防省が20年分の在庫が有るうえに、性能が時代遅れとなった理由で、既に20111年製造を停止していたと発表した。

その結果これの製造元であったイジュマンは破綻の運命となったとも報じた。

イシュマンは今年の8月、政府主導の企業合併で、「AK47]設計者の名を冠した新会社「カラシニコフ」として再出発として再出発を果たし、9月にはプーチン大統領自ら工場を視察に訪れカラシニコフ氏に面会して、会社のの支援を自ら約束したと言われている。

ところが、ロシアの機関紙イスベスチアはその後、新会社が開発仲の新機種「AK12」について「精度や使い勝手が軍の要求の資質二達していない」との国防関係者の発言を紹介、これに引き換え別の会社の機種が採用される見通しであることを告げ、”カラシニコフ製造の新機種、AK型は将来ロシア軍から消え去ることになりそうだ”と予言ともとれる情報を流した。その主な理由として射撃精度の低さが挙げられていた。

[世界で最も多くの人間を殺した銃」の設計者ミハイル・カラシニコフ氏が去る12月23日94歳で他界したことが判明報道された。

カラシニコフは1919年、西シベリア・アルタイ地方生まれ、第二次大戦に従軍、1947年に自名を冠したカラシニコフAK47を開発した。49年のソ連で採用されたこの銃は、社会主義国を中心として大量に出回った。

その功績に」より、2009年、ロシアでの最高位の勲章「ロシア連峰英雄」を受賞、訃報を受けたプーチンは[深い哀悼の意」を表明した。ロシア通信は「彼の銃をおかげで世界の数十かケ国が自由と独立を為し得た」と賛辞を送っている。

以前からカラシニコフを一手に製造していたイジュマン社の破綻後、会社名を「カラシニコフ」と変え、再出発後、プーチンが9月にカラシニコフ氏を訪問して、今後の経営の支援を約束しながら、突然ロシア政府機関紙イスベスチアが、今後のカラシニコフの採用を否定、それに代わって「別開社の機種の採用」を示俊したことはそこに何かの訳がなければならない。

プーチンが自らカラシニコフに面会して将来の援助を表明したのが約3カ月以前の9月、従って、イスベスチア報道はその後であったはず。

今後、”カラシニコフに変わる新機種が使われて、カラシニコフが不要となることで、新会社の「カラシニコフ」の存在が問われると思われるのだが、この背後にプーチンの影が見え隠れし、何か不気味な感がしないでもない。

イスベスチアの言う「新会社」と「新機種」の名称は未だ公表されていない事にも、高齢とは言え、カリシニコフ氏の急逝が何によるものかもハッキリと我々には判らないとなれば、これの背後にある事情を誰でも知りたくなるのは筆者だけではないはず。

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