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「タレント」とは?

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和製英語「タレント」をグーグルのフリー百科事典「ウイキペディア」で調べてみると、

以下のような種類の存在がわかった。

 

即ち、お笑いタレント、マルチタレント(多方面対応タレント?)、ローカルタレント、タレント政治家、外国人タレント、スポーツ出身タレント、デブタレント、フードファイター(?)、子役タレント、アイドル、ジュニアアイドル、評論家、コメンテーター等多種、多技にわたっている。

 

ここでは、「才能」、「能力」の個人差はあるが、誰でも何かに活かす能力を神から授かっていると云う解釈で「タレンント」は昭和の初期から存在していた言葉と定義されている。

 

「デブタレント」とは如何に?肉体的に太めの人材のことだと思うが、それでもタレントと呼ばれるのは如何なものか?

 

12月24日付京都新聞の「現論」欄にイーデス・ハンソン氏(写真)の“知識と経験を洞察力に”の題名で投稿しているのを見た。彼女は外国人タレント+評論家なのだろう、最終に(タレント)と書かれていた。

 

ハンソンさん曰く、「世間では専門家が評価されがちだが、広く浅くも捨てたものではない。素人と専門家の境も実は曖昧、学歴よりも中身、思考力、や視野の広さ、適用力こそ大切との意見には筆者も賛成である。

特殊技術、高い研究や知識にはそれだけの価値があり、いわんや、命や生活を守る特別知識を持つ人材は尊重すべきもの。

 

彼女は“これらを他の分野と切り離し、孤立した部門としてだけを極めて行くと、全体との関連やバランスを見失い、多方面に思わぬ影響を及ぼす危険が付きまとうと述べている。

 

彼女は、“広い知識を雑然と溜めこむだけだは発展性がのぞめない。各分野の知識と経験を更に上の高見から見渡すと視野が広がり、新たな理解と洞察力が増す”との意見。

 

今の学生諸君を見ていると「就職」に大半の関心を集中させ、より高度な大学院の存在感が希薄だと日本の教育制度や、学生の学業に対する姿勢に批判的である。

 

確かに現在の学生には将来への配慮がない。第一希望が官吏で、それは現在の制度から、生活が安定していて、従って、人生計計画が立てやすいのが本音。つまり安易な人生で、努力して専門家(タレント)への願望にかけたものが多いことは確か。

筆者の考えだが、特殊技術が買われて、それでもって社会的地位名声を得た、他人から見て恵まれた人物には、えてして欠陥人間が多い。

所謂「象牙の塔」に立てこもって、他人と対等に交際が出来にくい人、これには医学者や技術者が多い。また、職人肌のひとで気難しいのも困りものである。

 

多くの知識を持ちながら、誰とでも気安く、溶け込める人間こそ真のタレントではないだろうか?

例えば、18世紀のアメリカの政治家、外交官で、豊富な技術的、経済的能力の持ち主と云われたベンジャミン・フランクリンなどは、オール・ラウンドの「タレント」の最右翼だと思う。

イーデス・ハンソン氏が、この新聞投稿の末尾に(タレント)と自分を分類したわけには興味がある。

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