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ロバート・リーと南北戦争

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南北戦争での南軍の将、ロバート・イー・リー(Robert E, Leeは、南部連合の大統領、ジェファーソン・デーヴィス(Jefferson Davis)が、あくまで戦争の続行を指示していたに関わらず、1865年4月9日、南軍に勝機が消えたことを悟り、南部の首都、ヴァージニアを戦火から守るため北軍の将、ユリシス・グラント(Ulysses S, Grant)に対し降伏の意思を示し、5年に及んだ南北戦争を終わらせた。

 

最初、リンカーン大統領に北軍の指揮を引きうけるように懇請されていたにも関わらず、陸軍士官学校の校長の職を辞してまで、自己の生地、南部人を裏切ることを好まず、南軍の指揮官の職を選んだ。

 

写真はアポマトックスの裁判所で行われた終戦会談の場面の写真(左:グラント将軍、右:リー将軍))であるが、敗戦の将リーは、相手のグラント将軍に手を差し伸べ、相手を直視して、毛頭も悪びれることなく、堂々たる姿勢を保っている彼の態度の立派さに驚くばかりである。

これは、当時既に実用されていた写真であり本物のシーンで、周囲には両軍の高官が取り巻いて会談の模様を眺めている。

 

これを見て、我々日本人が思い浮かべるのは、日露戦争での水師営での露軍ステッセルと乃木将軍の会談のシーンであろう。南北戦争は日露戦争の半世紀前の戦争であったが、両シーンには何か中世的な雰囲気が偲ばれる。

 

ロバート・リーはその後、軍人生活にペリオッドをうち、ワシントン・カレッジの校長として後進の教育に余生を捧げた。15年後の1870年の10月12日、大学のキャンパスで心臓麻痺により他界した。(享年63)

 

(リンカーン大統領は同年4月15日,ワシントンのフォード劇場でジョン・ウイルキス・ブース(John Wilkes Booth)の凶弾で暗殺された。

 

 

 

 

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