メール・オーダービジネスの元祖
MONTGOMERY WARD
,"Mail-Order Catalog"の元祖はアメリカ、中西部で1872年にスタートした「モントゴメリー・ワード」である。
1872年頃は所謂”フロンティアー”の時代であった。東部、ニューイングランド地方は既に大都市が多くあり、交通さえ便利なところであれば自分の好みの商品はたやすく手に入ったが駅馬車からようやく鉄道の時代に入った頃のシカゴやセント・ルイス以西は交通の便は未だ皆無に近く町の雑貨屋(general stores)で仕入れるのが当たり前であったころである。
そこえ出現したのがAaron Montgomery Wardがシカゴで開始した雑貨品のカタログ販売事業で地方からの注文を挿絵入りの商品カタログによる大量販売事業となった。
彼は最初地方の都市を巡り歩いてセールスをしていたが、この事業の開始により彼は先ず中間業者を除外してモダンな魅力ある都会の商品をカタログに乗せ、「商品在庫なし」の中間業者の地位を確立したと言える。
商品はそれぞれの町の「駅」まで配達される手法がとられた。
最初は種々の問題が起こり道は決して平坦ではなかった。
それに加えて、シカゴの大火災が事業をますます困難にした。
彼の最初の協力者はただの二人で、資本金は$1600であった。(1872)、163種類の商品に一枚のプライス・リストを挟み込んだ手製のカタログから始まった。
間もなく二人の協力者にも去られ困っていた頃、将来彼の義兄弟となったリチャード・ソーン(Richard Thorne)が共同経営者に加わった。客層はすべて都会の洗練された商品には程遠い人たちであったため、このビジネスは見る見るセンセーション的なものとなったのである。
それに、彼の殺し文言”Satisfaction guaranteed,or your money back"(ご満足頂けなければ料金を返済します)(1875)がさらなる売り上げに加担することとなった。
1883年になるとカタログは240ページに増え、1万アイテムの商品が掲載され、別名”Wish Book”とも呼ばれるほどとなった。
しかも、次第に都会人にも愛用されるほどに成長をとげたのである。しかし、1900年ににリチャード・ワーレン・シアーズ(Richard warren Sears)ーSears Roebuck Company-が商戦に加わることとなり、突如として雲行きに変化が生じた。
例えば、1900年のワードの売り上げが8700万ドルに対してシアーズの売り上げは1億ドルといわれている。
アーロン・ワードは1913年死去、ロバート・ソーンは1920年に彼の後を追ってなくなっている。
その後、今で言うアウトレットビジネスに形を変え全国に531店舗を保持するようになった。
1950年以後になるとSears,J.C.PennyやMacy’sの大店舗の攻勢により規模の縮小を余儀なくされ、1976にワードはモービル・オイルに売却された。
1985年には111年も続いたカタログの出版も中止せざるを得なくなった。
これもアメリカ型商業のたどる栄枯盛衰の一つの物語であるが、イノヴェーションと新しいビジネスで利益を追求する、歴史の一端、”アメリカン・ドリーム”の一例として紹介した次第である。
Richard Thone
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