脅威の「3Dプリンター」と日本の産業の将来

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最近アメリカで産声えをあげた「3Dプリンター」、日本でも凸版印刷が食品、生活雑貨あるいは、医薬品などのプラスティック容器の試作品を造ることを始めた。

金型を使った従来の模型制作に比べて、3Dプリンターでは、初期費用が50分の1、又、制作日数が10分の1に出来ると発表した。(6月14日付、日経経済新聞)

 

自社で3Dプリンターを所有できない会社でも、容易に利用できるようにして、最終製品を完成するまでの費用と時間を削ると云う。

 

液状のアクリル状の樹脂を積層個所に噴射して固める「インクジェット方式」で制作できる。

 

顧客企業は3DCADデーターを凸版印刷に提出して、制作を依頼できる。

樹脂を積層する幅は最小15マイクロトルと、高精細な造形が可能。

 

樹脂の色を変えることも可能。半透明に加えて、各種の色も選択できる。

 

同社によると最終製品のイメージに沿った試作品ができると云う。

現在ではプラスティック製の容器や部材を開発する場合には、金型を先ず制作するのが一般的。

 

ところが金型は造り直すのことが困難なため、綿密に設計と修正を繰り返す必要があった。

3Dプリンタープリンターで安価で迅速に試作だでき、開発初期段階で構造の確認が可能となり大幅に完成度を高め、開発コスト削減できることを証明した。

 

同社は今後、3DCAD技樹者の育成に努め、2015年度までに容器、部材事業の30%アップの目標達成に努力を払うとのこと。

 

凸版印刷の始めようとしている分野は誠に斬新で、発展の希望も大いに望めると思われるが、これまで、我が国が他の追随を許さないことを標榜していた「金型制作」事業の大きな変貌が予想され、殆どが中小零細企業が担ってきた“日本のお家芸”の将来に暗雲が垂れこめ、発展の希望が薄らぐこが心配である。

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「梅雨」は日本人のオブセッション?

気象庁は、今年に限って関西、中部地方の「梅雨入り」を5月末までに宣言した。

 

これには専門的根拠があってのことだと思うのだが、それ以来、2週間も経過して、雨らしい雨もなく、各地で不安が広がっている。

 

この「梅雨」と云う観念、日本人独特で、外国人も不思議に思っているひとが多い、或る人は、日本人の「梅雨」に関するこだわりを、いわば”obsession”(脅迫的観念)ではないかと分析している人もいる程である。

 

各テレビ局の天気予報専門家ですら、さかんに「どうなっているんでしょうね?」と首をかしげている始末。

 

梅雨入りを宣言してしまった張本人の気象庁も、さすがにばつが悪いのか、これには何の発表もない。

 

国語辞典で梅雨を調べると、“6月(陰暦5月)頃に降り続く長雨、さみだれ”と出ている。

 

ここで考えられることは、6月頃になって雨が連続して降りだせば、それを梅雨入りと考え、気象庁もそのような現象を認識してから、唯「昨今の現象から判断して、どこどこの地方は梅雨入りしたと思われます」と云えば済むのでは?

 

宮内庁と気象庁は似たところがあって、一旦「決めたこと」は威厳にかけて訂正をしたがらない困った性質を備えている役所と勘繰るのは只筆者のみ?。

 

われわれも、6月頃、継続して雨天が続けば「梅雨入り」と思い、7月の中頃に、急に、雷がとどろいて、強い雨の後に天気が快晴に変わり、セミが一斉に鳴きだせば「梅雨が明けた」と思えばよいことで、これに関して官庁から“お達し”を頂く必要はないのではと思うのだが。。。。。。。。。

 

「梅雨明け」についてはは、”蝉に聞け”と言いたい!

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中国富豪100万人、国公認!

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2012年8月2日刊、京都新聞

 

昨年8月2日付京都新聞が北京共同報道として中国の民間調査機関「胡潤研究院」が昨年8月の時点で、中国本土に所有する個人資産が一千万元(約Ⅰ億2千万円)以上の富豪が(2011年末調べ)102万人となり初めて100万人を超えたことを発表した。

 

 

 

この平均年齢は39歳と思ったより若く、その内、女性は4割を占めることも判った。

 

これは人口比で1300人に一人が億マン長者と云う計算。

 

 

 当然この事実を聞けば、誰もが、何故中国のような共産主義を標榜する国に、これほど多くの金持ちたちが住んでいて、この事実を人民が肯定しているかのように報じていることに驚きを感じる。、

 

 

 これを発表した胡潤研究院とはどんな機関なのだろうか?

 

共産党が公認しなければどんなことも言えない中国にあって、“金持ち礼賛”の記事が批判の対象にもならない事実も不思議でならない。

 

 

 

この記事、これら富豪の暮らしぶりにも言及していて、彼等の年間の消費額は176万元(約2200万円)、消費の対象は、1年平均3回の海外旅行と答えた人が最も多く、傾向として、飲酒:70%、喫煙:46%。趣味として、ゴルフ、水泳をあげている。

 

一般的に子供をアメリカ、カナダかイギリスに留学させ、アメリカへの移住、移民を希望しているひとも多いことを認めている。

 

 

 

唯、最近の中国経済の減速傾向の影響で、これら富豪の平均消費額は一昨年に比べて9%減となったとか。

 

中国経済の先行きについては、2011年では、自信があるが54%であったが、昨年では、その感覚が28%に減少している。

 

 

 

2013年になり、当研究院の予測していた通り、株価の低迷や住宅市場の引き締めが始まり、富豪の増加は足踏み状態。

 

 

 

これらの富豪の内訳では、50%が企業主、20%は株主、15%は不動産。

 

北京、広東省、上海地方に多く、約1/3の32万人が地方都市の出身と報告されている。

 

前述した如く、これが「北京共同」發の報道なのだが、明らかに政府がこれを認めて否定していないことに驚きを感じるとともに、これで、中国と云う国家がますます判らなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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海外での食品ネット販売の魁

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「食の安全」の観念は人間の生活にとって最も肝心なものであり、環境保全には共産国の中国でも決して、なをざりにできない問題と考える。

日本国内での食品ネット販売においては楽天が他を圧倒している感があるが、6/6付、日経産業新聞によると、ヤフー香港は、このほど、ヤマトホールディングなどと連携して、日本の生鮮食料品を香港の消費者に届ける個人向け通信販売事業を始めると発表したとの事。

日本の食品の安全性は、すでに中国国民の間では認知されていて、特に高額所得者層間では、たとえ少々高くても人気がある。従って、日本の食糧品に対する需要は高いことは確かなのではと考えられる。。

ヤマトが統括し、日本国内の搬送網を活用して各地からの産品を集積して、ヤフー香港のネットユーザーに提供する算段。

ヤフー香港は今月15日に「ヤフー・スーパーマート」の名称で電子商取引(EC)サイトを開く予定。

世界各地のブランド食品が注文できることを売りにして、先ず、当初は香港で人気が高い日本産の食材を中心に提供する。

JA宮崎経済連を通じ、宮崎県産のマンゴー、メロン、和牛などを扱う。

ヤフー香港によると、これによって中間マージンを省けることから小売価格も抑えられるとしている。

ヤマトに依ると、沖縄県の那覇空港に全日空が開設した「貨物ハブ」を活用する。

香港の消費者からの注文をとり、国内の名産地から集めた荷物を那覇発の深夜便に乗せ換え、香港空港の比較的暇な早朝の時間帯に到着させる。

ヤフー香港の李真怡・電子商貿総監は「注文から3日あれば、産地から香港の消費者に届けられる」と云う。

具体的な販売目標はないが、日本産のリンゴ、ホタテ貝の試験販売の手ごたえから「いいビジネスになる!」と李氏の弁。

ヤフー香港が今春実施したネット販売での買い物統計、一人、一回あたりの平均消費額は442香港ドル(5700円)であったとの事。

何はともあれ、間もなく始まるTPP協定下の農産品輸出に、先鞭をつける意味で、これが海外でどのように受け入れられ、どのような利益をもたらすかを実地に証明できる願ってもない機会になるのではと思い、期待をもって朗報を待ちたいものである。

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日米両国の大株主を狙う中国ファンド

「SAFE」とは何の頭文字からきたものかは知らないが、中国が保有する外貨を運用する機関のこと。

世界最大の金融センター、ニューヨーク・ウオール街の一角に最近、中国の国家外貨管理局[SAFE]がオフィスを構え、ヘッジ・ファンド関係者や弁護士らが頻繁に出入りしている。

これの運用資産の額は、ノールウエー政府年金基金、アラブ首長国連邦(アブダビ投資庁)に次いで、世界3番目とも云われるが、「SAFE」に関して云えば、前者のものと性格を全く異にしている。

米中経済安保委員会(米議会政策諮問機関)の意見では、“その投資は金融や市場経済の原理に従わず、中国の国家戦略を優先するもの”として要警戒としている。

当機関は、1997年に設立され、推計運用資産は57兆円(5700億ドル)と云う膨大なものである。

これに依って、為替介入や、貿易黒字で蓄積した中国の外貨を原資にもっぱらアメリカ国債を中心に運用されている。

アメリカ証券市場関係者にとっては中国政府資金の株式市場参入には賛否両論があるが、このような膨大な資金が市場に入ることによる手数料収入を考慮すれば、反対ばかりでは済まされない。

中国の国家ファンドとも云うべき「SAFE」は既に日本国内に入り込んでいることが確認されている。

トヨタ自動車、パナソニック、武田薬品工業」等我が国を代表する有名企業の上位株主のなかに中国ファンドの名が見えることは事実。

この傾向が顕著になったのは、リーマンショックで欧米の運用会社の動きが鈍化し出した2008年頃から中国の日本買いが始まったとされている。

ちばぎん証券(千葉市)の調査では、平成21年3月末時点で、このファンド(OD05)が一部上場会社、上位株主の10位中であった企業数は10数社に留まっていたが、3年後、平成24年の9月では173社を数えるに至り、その保有額は3兆406億円とのこと。

報道によると、東京一部上場の略10社に1社が中国系ファンドを大株主として迎えている形で、日立、NEC,三井物産、三菱UFJファイナンシャル・グループでは、それぞれ平均で3位の大株主として名を連ねるまでになっている。

現在のところ、大凡5%未満に留まっているとされているが、「OD05」の投資が日本企業への関与を目的でないとしても、中国共産党指導部の“鶴の一声”で「チャイナ・マネー」と云う実弾で、場合によっては他国の経済を左右させ得る威力を秘めていることに誰も「否」を唱えることはできない。

事情によっては何時豹変するか予想もつかない中国ファンドの動向に、日米両国の国債金融専門家達も異口同音に警戒を叫ぶ。

国家をあげての「株式投機」などは中国をおいてどの国にも出来得ないことである。このような中国ファンドの動向を注意深く見守る他ないのが現状。

6月5日付、産経新聞による「OD05」の日本株保有時価総額と株主順位(カッコ内)は以下の通り。単位:億円

トヨタ(自)1920(9)、三菱UFJFG、1375(3)、三井住友FG958(4)、ホンダ(自)938(7)、みずほFG760(3)、キャノン731(5)、ソフトバンク687(7)、武田薬品627(5)、NTT626(5)、日立制作所567(3)

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「天安門事件」24周年

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今から5年程以前に、アメリカ發の金融危機を招いたサブプライム住宅ローン事件に似た現象が中国に起きているのではとして、米著名投資家ジョージ・ソロスは中国で先月開かれた経済フォーラムで警鐘を鳴らした。

この火種は規制の緩い「影の銀行」と地方政府による巨額の借り入れ(負債)と云われ、これが債務不履行となれば世界第二の経済大国、中国發の金融危機として世界を経済的混乱に陥れる要因となる。

主にインフラ建設の費用集めの為につくったとされる「融資平台」の名称で呼ばれる投資会社は今では全土に数千社あるとされる。

この借金総額は公表されず、いわば地方政府の“隠れ借金”、中には借金を返すために債券を発行して雪だるま式に借金がかさんでいる法人もあるらしい。

この状態を把握した欧米の格付け会社は、今年の4月、中国国債の評価を相次いで引き下げ、IMFもその報告書で、中国地方政府の財政に重大な懸念を示しているとされる。(京都新聞、5月10日)

この様な好ましくない経済状況に加えて、全国に広がりを見せている“鳥インフル”、最悪の状態に近い、”環境汚染“、至る所で枯渇状態となっている河川や湖沼による”水質汚染と水不足“、度重なる地震で危険度が高まる「長江ダム」等、どれをとっても文明国家を標榜する中国のイメージにはふさわしくない事ばかりが顕在化しつつあることは、新たに国家主席に選ばれた習近平氏には頭の痛いことばかりである。

明日5月4日は「天安門事件」から数えて24周年となるが、これは中国にとってはなるべく忘れたい記念日だろう。

しかし、所謂“平和活動家”にとっては忘れ難い記念日には違いない。この記念日を明日にひかえるにあたって、習近平政権は北京市内の各所に多数の公安職員を配置、厳しい警戒態勢を敷いているとのこと。

毛沢東思想をさらに徹底させるため、西側諸国の政治態勢や、民主主義、報道の自由などの7項目について学校で教えることを禁止したとの情報もある。(北京共同)

天安門事件からすでに24年が経過、その間にインターネトや「スマホ」の発達で、ますます価値観の多様化、共有が進むなか、中国共産党はさらに反体制デモや集会禁止に強権で対峙しようとしている。

24年が過ぎても中国の「人権」擁護への態様は益々硬直なものとなっていることは嘆かわしいかぎりである。

昨年の5月に渡米した(亡命)盲目の人権活動家、陳光誠氏の親族や支援者は、当局から厳しく監視されたり拘束されたりしている。

陳氏への同情を示したがため、弾圧され、昨年12月に渡米した蘆海涛氏は「習の時代になって人権問題はさらに悪化した。今後指導部は党の維持の為ならどんなことでもするだろう」と懸念を示している。

このような「臭いものに蓋をする」政策は決して長続きしないし、中国共産党の存在も、これからあまり長ものであり得ないと思えてならない。

それで、思い当たるのは、これまでの中国の歴史を通観して、起こるべき事態は「内部崩壊」しかない。

では、その後の世界はどのような変化を見せるのだろうか?

これこそが「21世紀の問題」なのではと思える。

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2011年アメリカ国勢調査と人口分布

2011NYタイムス発行の年鑑(ALMANAC)によると、アメリカの人口傾向について以下のように報告している。(pp、285)

出産率は全国的に戦後のベイビーブームの終結した1965年頃より下降線を辿っている。アメリカの平均年齢はその頃より上がり続けていることは当然の事実である。

従って、18才以下の人口比率1970年の34.1%から2008年には24.3%に下がっている。

1950年の65才以上の人口が900万人(7%)は、2008年では3890万人で、総人口との比率は12.8%となって、アメリカでも高齢化社会が顕著になっていることが判る。

この数字は1958年の数字から332%、1900年から比較すると1000%上昇したことと警鐘を鳴らしている。

1990年には80才以上の人口、700万、85才以上が300万、100万人が90才以上で、100才以上が36000人であった。

この報告では2010年から2030年の間で65才以上の人口はベイビーブーム時の2倍となり、2030年には65才以上が7000万人に到達すると予測している。

アメリカで24才以下の人口を調べて見ると、1960年;80653000人、1990年;9091万人、2010年;12264万人で青年層人口は確実に増加している。

又、この年鑑の2050年の24才以下の人口は132552000人と予測しており、それを1960年と比較すると、60%以上の上昇となる。

従って、我が国におけるような少子化への危惧はアメリカには存在しないことが判る。

201                                                                            0年の人口調査では、アメリカの総人口は28100421906人であった。

その内訳;白人、21693975人(77.1%)、黒人、364194434 (12.9%),先住民族(インディアン)、4119434(1.5%),、アジア人、11898828(4.2%),ハワイアン他、太平洋州、 87万4414人(0.3%),ヒスパニック、35305818(12.5%)、その他、18521486(6.6%)

以上のように白人(と見なされる)人口は77.1%を占めていることが判るが、2030年頃にはヒスパニックの人口の比率が現在の2倍となると予想されている。

しかし、これも南北戦争後、法律の改正で白人人口が増えたように、この国では人口比率の調整は人工的に達成することは可能で、これからも白人人口を過半数に保つことには何らかの努力がなされることと思われる。

 

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世界に羽ばたく中小企業2例

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5月23日付、産経新聞、日本中小企業の「オンリーワン技術」でもって世界で勝負する会社を取り上げている。

其の一つが、“絶対に緩まないネジ”の「ハードロック工業」若林克彦社長の例は、神社の鳥居継ぎ目の楔(くさび)にヒントを得て開業したのが昭和48年。

以来、絶対に緩まない「ハード・ロック・ナット」を開発、東京スカイツリーや新幹線、明石海峡大橋などに使用された。

ハード・ロック・ナットは二つの部分に分け、一つが楔の役目を果たし、締め付けると、もう一方のナットとボルトの隙間にガッチリと食い込むように工夫され二度と緩まないもの。

海外の高速鉄道など、ネジが緩んではならない世界中の現場で、今や無くてはならない存在となっていると云われる。

「絶対」が約束されるネジは“韓国、中国などのメーカーからその類似品がでているが、ハードロック工業の製品の品質には遠く及ばない”と若林社長。

方や、太陽工業(大阪市淀川区)は、スタディアムの屋根膜など、大型テント(膜面構造物)で世界シェアーの7割を誇る会社。

来年6月開幕が待たれるサッカーのワールド・カップ(W杯)ブラジル大会でも既に主要8競技場の屋根膜製造や施行を受注し、サッカー日本代表より一足早く“W杯”出場を決めた。

(写真)

この実力を世界的なものにしたのは昭和45年の「大阪万博」。そこでは,幕面構造物の9割以上を手掛け、アメリカ館では、空気圧で屋根を浮かび上がらせる「エアードーム」で世界初の面積、約1万㎡を実現、その後、東京ドームや、世界最大の膜面構造物」「ノース・グリニッチ・アリーナ(ロンドン)などで実績を上げてきた。

その技術は自社が開発した解析ソフト、力学上無理のない合理的形状の種類と配置を設計して風、積雪にたいする強度を解析して高い耐久性と工期の短縮に成功した。

職人根性と独自で開発した特殊技術を発揮して今後、続々とこのような中小企業の勃興を期待したい。

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オクラホマとアンドリュー・ジャクソン

1830年9月7日アメリカ合衆国とチョクトー族の間で平和裏に条約が締結された。

この条約は“The Treaty of Dancing Rabbit Creek”と云う長い名前のもので、これはインディアンの地名の直訳でこのように呼ばれた。

第7代大統領、アンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson,1767~1845)はインディアンファイターの異名をとった武将タイプの人物で、最初、東南部の先住民クリーク族、セミノール族を死地に追いやったことで名をあげ、1815年にはイギリス海軍をニューオルリンズで打ち負かして、その武勲の結果、七人目のアメリカ大統領となった。

根っからのインディアン嫌いで、1803年に政府がフランスからルイジアナ領を購入した頃から、原住民をミシシッピー以西の原野に移動させ、ミシシッピー位東を白人のものとすることに熱意を費やした。

Dancing Rabbit Creek条約が発効したのは、1831年2月24日、それは原住民、チョクトー族(Choctaw Tribe)との間のインディアン移住条約(Indian Removal Act)に基くもので、この条約により現在のミシシッピー州にあったチョクトー国の領土、1100万エーカー(45000平方キロ)をアメリカに譲渡すると引き換えに、現在のオクラホマ州の土地、1500万エーカー(61000平方キロ)を得るとの条件になされた話し合いであった。

これにサインすることによって、チョクトー族は非白人最初のアメリカ国民とすると謳われていた。

南北戦争(1860~1865)以前に於いては、ミシシッピー川以西は未開の荒野と考えられて、アメリカ人にとっては無用と考えられていた。

実際のところ、これが白人と原住民との正式土地取引の最初で最後のものであったことが判る。

このインディアン移住法に従うことを拒んでいた、例えば、チェロキー族などは、1835年に発効したニューエコタ条約により強制的にオクラホマ地方に移動させられ、多くの悲劇を生んだ。(涙の道)

今のアイオワ、ミズーリ、カンサスとオクラホマ州などは、その頃では文字通り不毛の地で、いわば“地の果て”であった。

そこで白人は、現在のオクラホマ州を中心にした区域を“インディアン・テリトリー”と名付けて、原住民を一括、その地に隔離する意図で作られた法律であった。

ところで、どうだろう、1889年4月22日の正午を期して早い者勝ちの土地奪い合い合戦がオクラホマで始まった。

自作農法(Homestead Act)が成立(1862年)すると、入植者たちの土地解放の圧力に押されて、連邦政府はオクラホマ州中央部の190万エーカーの土地を原住民から400万ドルで買い取り、それを移住者に開放する事に決めた。

当日、1889年4月22日午前10時頃までにイヴェントが挙行された町、ガスリー(Guthrie)は土地を求める移住者で膨れあがった。

正午のラッパが鳴り響き、合図のピストルで騎馬隊が道をあけ、移住者たちは馬、馬車、幌馬車で全速力で走りだした。

公正を期するため、その日までは立ち入ることが禁じられていたとkろが、禁令を破ってすでに多くの不法闖入者(sooners)が入り込んでいた。

移住者たちは、我勝ちに希望した場所に杭打ちをして、町の土地登記所(claim office)で登録を済ませた。

ガスリーの町は一夜にして1500人の人口となり、オクラホマシティー(Oklahoma City)は1万人の人口の町となった。

それでオクラホマ州をスナーズ(sooners)と云うのは、“抜け駆けをする人”の意味、そこで、オクラホマのプロフットボール・チームの名“Oklahoma Sooners”と呼ばれている。

昨日(2013年5月21日)のニュースによると、オクラホマシティー周辺は未曾有の大竜巻に襲われたとのこと。

この場所に限らず、オクラホマ州周辺は荒漠とした土地で、毎年のように竜巻や干ばつに見舞われる全くの僻地、150年以前では到底、文化人の住める場所とは思われなかった。

このような地域を敢えて、インディアン居住区として割り当てたアメリカ政府の意図は、人道の見地から非難されてしかるべきだと考える。

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中国の行方?

Moutakutou 写真:習近平と毛沢東

521日 毎日新聞「胡耀邦氏旧宅を国宝指定」中国で今、胡耀邦の再評価の動きが進んでいることを知らせている。

胡耀邦とは、国民生活に対する党の支配を縮小させようと意図して、毛沢東の「秦の始皇帝」の政治を批判することを進めたとして党幹部からの顰蹙を買い、追放された人物。

しかし、元共産党総書記、胡耀邦は率先して文革中に殺された人達、投獄された人達の名誉回復を行った。さらに、1957年以来、右派分子の烙印を押され、賎民の扱いを受けていた人たち、その家族ら一千万人を解放した。

その頃、悲惨な運命にあった旧地主、旧富農と子息らの「地主、富農」の烙印も取り消した。

胡耀邦に続いて常総書記になった趙紫陽は市民に発言権を与えようとして、党長老から激しく反発され、これまた追放された。

これは不思議なことだが、その後、権力者となった江沢民、さらにその後継者、胡錦濤共に、毛沢東を賛美こそすれ、非難は全く行わなかった。

「新京報」は14日、胡錦濤前国家主席や習近平主席の父・習仲勲元副首相とともに撮影された胡耀邦の写真を掲載、胡氏の旧居を、国宝級に相当する全国重点文物保護単位に指定したと報じている。(写真)

これは何を意味するか?その推測は複雑だが、毛沢東を今更、表立って持ち上げることを憚りながら、習近平としては江沢民の意を汲んで、去る15日、上海市共産党委員会機関紙「解放日報」が述べる”胡耀邦が当時全力で改革・解放と現代化建設に全力を傾注した業績”を讃えるための行事と考えて間違いないと考える。

ここでも、習近平も正面向かって毛沢東を批判できない立場であることが判る。

毛沢東はまさに中国にとって消し去ることの出来ない「亡霊」となってしまった。

日本で云えば、国会議事堂のような存在「天安門」の正面に揚がっている毛沢東の肖像、国民が毎日利用している「元紙幣」に刷られている毛沢東だが、現実、国民の誰もが見たくもない「国のシンボル」は避けて通れない事実である。

毛沢東が推進した人民公社と文化大革命によって、どれほどの損失や犠牲がでたかは、ほとんどの国民の知るところである。

死者だけで最低5000万の人命が失われ、彼が集団化運動の過程で取り上げた農地ものが未だに国民の手に戻されないで、党幹部の意のままにされていることも国民は知っている。

このような毛沢東を今更賛美し続けることは得策でないと考えて、習近平が次のシンボル候補にあげようとしているのが胡耀邦なのかもしれない。

1989年、胡耀邦の死去を悼んで行われた追悼式が皮肉にも天安門事件に進展して世界にそのニュースが広がった。

それから24年が経過して、習近平政権は胡耀邦の功績をたたえて、胡氏の旧宅を国宝に指定したのである。

胡耀邦と毛沢東はお互いに相いれない人物なのだが、今年は毛沢東生誕120周年にあたり、習政権は毛沢東を持ちあげる盛大なイヴェントを計画中で、その日まで(12月26日)毛沢東の批判者として知られている改革派の経済学者芧孑軾(84)に関する記事を一切取り扱わないように通達したと報じられている。

一体全体この国はどっちの方向に向いているのかサッパリ判らないで理解に苦しむ。

毛沢東の死後、「文化大革命」は批判の対象となり、毛の第三夫人、江青以下数名のシンパが粛清された。

その後、改革開放政策が叫ばれて、この国が外に向かって発展に向かう兆しを見せたが、やはり、未だに毛沢東の呪縛から解放されていないことが明白になった。

今日、中国の経済は下降に向かいつつある。それに加えて、全国に広がりを見せつつある「鳥インフルエンザ」、多くの遺跡を犠牲にしてまで強硬に進めた「長江ダム」による各地の被害、そのためか、各地に頻発する地震等々、どれ一つとっても近代国家として自慢できるようなものは皆無。

Quo Vadis China!(中国よどちらえ行く!)と叫びたい。

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